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ピーター・グロソップの《ビリー・バッド》/感想編 [オペラ録音・映像鑑賞記]

glo billy.jpg 予想以上のグロ様のカッコ良さに、ペタペタ画像を貼りまくった前回の記事。すっかり気も済みましたんで、も少し感想と周辺情報をまとめておこうと思います。

 「TV放映された」と聞くと、劇場で収録した公演とかオペラ映画を放送したとか、そういったイメージがあったのですが、この《ビリー・バッド》はBBCが番組として企画・制作した、いうなれば「TVオペラ」とでも呼ぶべきジャンルの作品。今回同時発売されている《ピーター・グライムズ》もBBCの制作です。

 TVがオペラを制作するなんてなんとも贅沢な、というか、オペラが文化として根付いている国で、その国の言語による優れたオペラ作品が生まれ、世界的に大成功を収めたわけですから、とっても羨ましいことですね。40年前だったから、ということも当然あるでしょうけれども。

 「TVオペラ」ったって、結局「オペラ映画」と変わらないでショ!! なんて思っていたんですが。面白いことにこの作品、口パクではないらしいんです。その辺りにBBCの意地が表れているんでしょうか。解説を読みますと、2つの巨大なスタジオを使い、一方にオーケストラを、一方に戦艦Idomitable号のセットを建てて、演奏とパフォーマンスを同時に行ったとあります。

saveme.jpg 指揮者のチャールズ・マッケラスは当然、オーケストラ側のスタジオにいます。セットのあるスタジオにはアシスタントがおり、モニターで音とマッケラスの指揮を確認しながら、ジェスチャー等で歌手に指示を出していたとか。

 どうりで。2幕でビリーが「Captain, save me!!」と詰め寄るところなど、緊迫したシーンなんでアップやバストショットを多用しているんですが、迫真の歌唱を披露しながらグロ様の視線がチラッ、チラッとカメラ下の方向を見るんですね。舞台でのパフォーマンスで歌手がちらちら指揮者を見ているのと全く同じ感覚。それに気づいて、「あれ? 口パクじゃないの、コレ?」と思ったりしたものです。

 また、ビンビン響くグロ様の声が、後ろを向いたとたんに聞こえなくなったり、甲板下に入ると妙に声が反響したりと、いかにも「その場で歌っています」的な音声ですし。後で解説で確認して、「すげえな、BBC」と妙に感心してしまいました。

 さすがに生放送ではありませんが、大変「TV局らしい」、当時としては最もハイテクな、ユニークな方法ですね。歌手もさぞ大変だったことでしょう。

 ブリテンは、このあまりにハイテクなやり方が「芸術的ではない」と心配し、収録中に何度も見学にやって来ては、あれこれ口を出していたそうです(グロ様の自伝にも書いてあります)。後に《ピーター・グライムズ》を撮る時にはブリテンはこの方法に断固反対したとか。

 とはいえ、この《ビリー・バッド》は映画の口パクや、ただの舞台の収録からは得られない臨場感があり、ドラマチックに仕上がっていると思います。そもそも作品じたいが映像化にも耐えうる現代的な特性を持っているからとも思いますが。
 ブリテンも番組の出来栄えには大満足で、製作者に温かい感謝の手紙を送ったということです。

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 さて。普段はオペラの映画化(映像化)にあまり賛成はしない私ですが、《ビリー・バッド》に関してだけは、むしろ積極的に映像化を望んでいます。
 自分が映画監督だったら絶対に企画を売り込みますって。大金持ちだったら絶対にプロデューサーになりますって(`・ω・´) シャキーン

 それはもー、ブリテンによる音楽の力――大海原の描写の雄大さ、迫力もさることながら、スコアの書きかたが映画のカットの刻み方やシーンの繋ぎ方に通じているからです。《ピーター・グライムズ》ではそれほどでもないのですけどね。さすがは映像時代の作曲家。ブリテンが映画音楽を多数手がけていたことが影響しているんでしょう。

captain!.jpg このBBCの《ビリー・バッド》は、私が常々感じていた上記のことを証明してくれた作品でして、グロ様ファンということを差っぴいても大満足。とっても気に入りました。

 ロケは一切行っていないので、「帆に風をはらんで大海原をゆく帆船のロングショット」なんてものは望むべくもありませんが(それどころか、水の気配すらありませんがw)、広い戦艦のセットで歌手を大胆に移動させ、またカメラ・アングルも頻繁に変えて、躍動的なシーンを作り上げています。
  それがまったくウザくないのは、演出家やカメラマンのセンスもありますが、やはり「音楽がそうなっているから」ということに尽きます。

 アップも多いのですが、ロングショットも効果的に使われ、スタジオ撮りの閉塞感などほとんど気になりません(音声がちょっと、室内っぽいですが)。2幕の戦闘シーンはもちろんですが、ラストのビリーの絞首刑でも、遠近感のあるロングショットがドラマの緊迫感をあおっています。

 映像が音楽の理解を手助けしてくれているという点で、この《ビリー・バッド》はビギナーにとっても最適な作品なんじゃないでしょうか。《ビリー・バッド》マニアだけでなく、「CDだけじゃ辛い」という方にも是非ともお薦めしたいです。
 日本語の字幕がついていないのが本当に残念。

 さて、気になる歌手陣ですが、主要キャストは翌年録音されたブリテン自作自演盤と同じ。まず特筆すべきは、ヴィア親方艦長を歌うピーター・ピアーズだと思います。

 想像より老けていたのでちとビビりましたが、さすがに素晴らしい声です。艦長らしい威厳と、一個の人間としての脆さ。この両極端な側面を表現するのに、ピアーズの声以上にふさわしいものがありましょうか。
 イギリス人のテノールは硬質な美声が多いように思うのですが、ピアーズの声はそれらに加えて温かみと若干の粘り気があります。なので、テノール狂乱でもヒステリックになりすぎず、それでいて煩悶する感じがよく出ているんですね。思っていたよりキモチワルくなかった(笑)
 風貌も、父親っぽくて似合っています。

 クラッガート役のマイケル・ラングドン。この人も初めて観たのですが、歌っていない時にはぬぼーっとしていて冴えない雰囲気。声だけを聴いているとかなりセクシーなので、意外でした。

 外見は「陰険な悪者」のステレオタイプ。ですが、1幕後半での独白で凄みのある歌唱を聴かせてくれて、すっかりゾクゾクさせられました。ビリー、ヴィア、クラッガートの3人のうち、最もおホモを感じられるのが彼の歌唱です。ビリーに対して抱く気後れした気持ちと、長く心中に抱き続けて腐敗しはじめた悪意が伝わってくる。
 ビリーに粘着な視線を注ぎ、ハンモックでの寝姿まで覗きにくるクラッガートの姿に「イヤアァァァ(*´Д`)ァァァン!!」と喜んでいた私はヘンタイです。

 そう、男だけの演目であるところの《ビリー・バッド》で注目されがちなのは、「おホモちっく演出なのか!?」とゆーことだと思うんですけど、この作品では全然そういう香ばしさは感じられません。まだまだ同性愛について語るのはタブーな時代でありましたし、実際にこの演目がそういう話なのか?と問われれば、私も「ビミョー」と答えます。そこ、「な~んだ」とか、言わない。


 でも、そーゆー解釈のほうがオモシロいですからネ。


 アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』みたいに、一見ストレートな演出に隠された陰の意図を汲み取る、というか、勘繰るというのが正しい“相撲部屋的”鑑賞スタイルだと思います。
(えっと、私は決して腐女子ではありませんよ?)

 グロ様こと、ピーター・グロソップのビリー・バッドは、まったくもってストレート。アレンのように少年くさく演じることも皆無。腕っ節が強く、粗野だけど、素直で気の優しい海の男といった感じです。まさにグロ様の普段の歌唱そのもの。

 ヴェルディ歌手なので、時に力まかせなプリミティブな声質になるのですが、そこがまた荒くれた船乗りらしくていい。

 2幕の「手錠のビリー」のシーンでは美しい独唱がありますので、そこだけなら、アレンやキーンリーサイドのように洗練された、リリックな美声でもいいんですが。やっぱり私にとっての理想のビリーはドラマティック・バリトンだわぁ~(*´Д`) 昨今は少なくなりますた。

 それに、グロ様だって大声なだけがとりえじゃないのよ。ちゃぁ~んとヌルヌルしたメッツァ・ヴォーチェ、できるんですからぁ~!!(`・ω・´) エヘン
 ビリー・バッドは、グロ様の隠れた技をたっぷり堪能できる、美味しい美味しいレパートリーなんであります。

 外見も(グロ様にしては)美青年。ちょっと頭がデカすぎるのが難ですが、男らしい色気ムンムンで、おホモちっくな演出でなくても、こりゃクラッガートやヴィアやダンスカー(笑)の胸がザワめくのも無理はあるまいといった感じ。
 グロ様本人は、この作品のおホモちっくな側面を完全否定していますので(ブリテンにキスされたくせに)、あまり褒め言葉にはならないかもしれませんがw

yoru.jpg この作品ではしばしば取り沙汰されるビリーのキリスト的な役回りについて、グロ様も特に否定はしていません。ただし、あくまでも「役回りがそうである」と理解しているようで、必要以上にビリーの善性を強調する意図はないようです。グロ様の中では、ビリーは「普通のいい人(=悪役じゃない)」ということみたいです。

 確かに、グロ様のビリー・バッドには「純粋さ」とか「無垢」な部分は感じられません。どちらかというと単純。脳味噌が筋肉でできているってイメージね。

 クラッガートを殴り殺す瞬間は、「うりゃ~! どーだぁ、このぉ~!」って感じです(笑)
 裁判でも後悔しているとか、衝撃を受けているとか、そんな素振りはなく、「頭きたからぶん殴って、そしたら死んじゃったんですけど、何か?」って顔をしています(笑) ヴィアに証言を拒絶されて初めて事の重大さに気づき、オロオロし始めたって感じでしょうか。

 クラッガートに嫌われていることも、本当に気づいていなかったんでしょうねぇ。このビリーは。

 ビリーの役の解釈がもう少し複雑でしたら、最後の処刑は抗いようのない運命(さだめ)であり、ビリーはこの世に生まれてきてはいけなかったのだ……と、何とも救いのない絶望的な気持ちになりますが。グロ様のビリー像は単純なので、結末は大変悲しいけれども、さほど後味は悪くないです。
「だって、殺しちゃったんだもん、仕方が無いよね。ビリーもそれは納得してるし、死後の平安を信じて力を得て、毅然として死んでいく姿は立派だよね」という感じでしょうか。厭世観を抱くまでにはならないので、それが観ている側にとっての「救い」です。










 とゆーわけで、グロ様のこの《ビリー・バッド》、お値段も安いし、ぜひ見てね
 カッコ良すぎて惚れちゃうヨ~(人´∀`).☆.。.:*・゚

 (↑結局、コレが言いたかった)


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※《ビリー・バッド》関連記事リンク
 おホモちっく演目『ビリー・バッド』/ブリテン自作自演盤
 ブリテンの死生観とビリー・バッド:1
 ブリテンの死生観とビリー・バッド:2
 トーマス・アレンの『ビリー・バッド』/マンガ編
 まだまだやるゾ!『ビリー・バッド』/ウィーン国立歌劇場ライブ盤
 サイモン・キーンリーサイドの『ビリー・バッド』 and other four Billys
 ピーター・グロソップの《ビリー・バッド》/マンガ編


 ※おまけのネタ画像  マストに飛びつこうとしてリアルに落下しそうになるグロ様(⇒コチラ


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彩

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へえ~、グロ様のビリーってかっこいいじゃん、と思いながら記事読ませていただきました。
やっぱり船乗りさんならこれですよね。(ほんと、日本語字幕ついてたら検討するんですけど・・・)

ところで、HMVのリンク先から「ブリテン=ピアーズDVDコレクション」のページを何気なく見てましたら、キャストのこの名前、どっかで見た覚えが・・・。あーっ、ヴィア船長!
・・・はい、誰かさんがタイトルロールやってる「ビリー・バッド」映像、入手しちゃったんです・・・。
こちらの相撲部屋ネタに大笑いしてたら、なんだかこの演目に興味がわいちゃったのに加えて、
声域も性格もルックスも(!)自分にぴったり、自分のために書いてくれた役なんじゃないかと思う! なんて語ってるインタビュー映像なんかにネットで出くわしちゃったりしたもんですから、つい・・・(汗)。
自作自演盤では新兵役やってるロバート・ティアーが船長さんでした。
このころはブリテン部屋の新入りだったんですねえ。

前回の記事で一番ウケたのが、実は貧血ネタ。
さすがに初心者が字幕無しってのは無理ありすぎで、ろくすっぽ見てないんですけど、
(そのうちアレン卿のLD(日本語字幕付き)で予習してきます。)
クラッガートぶん殴るシーンだけは一応見たんです。
何か、もっと派手なシーンを予想してたら、あらあっさり、って感じで。
まさに「えっ……??」(何が起きたの今?)だったので、思わず大笑いでした。
ちなみに、クラッガートはウィラード・ホワイトという人だそうで。
by (2008-06-08 23:29) 

しま

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■彩さん
カッコいいでショ。グロ様のビリー(*´∨`)
日本語字幕はないけど英語はあるので、じゅうぶん楽しめると思いますよ。是非ご検討を。

>誰かさん
ってどっちよ?
スコウフスなら観たいけど。この人のビリーはグロ様系に近いし。

アレンのはあまりお薦めしないわ・・・。歌唱は絶品だけど、演出がちょっと(いや、かなり)ムカつくのよね・・・。おまけにサーってば、メタボだし~w
by しま (2008-06-09 00:21) 

彩

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バリトンでご贔屓入りしてるのは一人だけです。^^; ギルフリーです。
・・・バリトン唯一のご贔屓が何故この声なのか、何か釈然としないんですけど。
リリック・バリトンなのに、妙に腕っぷしが強そうに聞こえるからいいのかしら・・・

本来の好みでいい線いってるのが、パパゲーノがお気に入りのフィンリーですが、
他にフィガロと伯爵と、あとブリテンのオペラしか映像がないので、ちょっと判断保留です。

スコウフスも声は好みなのですけど、あいにく目下お気に入りになる映像がなくて。
(「メリー・ウィドウ」のダニロは、ちょっと元気良すぎ・・・^^;)
ソロCDはやたらにあるのに、映像があんまり出てないですよね、この人。

>スコウフスなら観たいけど。この人のビリーはグロ様系に近いし。
元気良さそうですもんね(笑)。ウィーンの映像もあるところには出回ってるみたいですよ。

>日本語字幕はないけど英語はあるので
私の場合、一度日本語字幕で見て内容を把握してる場合にのみ、英語字幕に有用性があるんです・・・。
大学時代にもっと頑張って勉強しとくんだったなあってしみじみ思うことが多くて・・・
(いっそゼロから始められるのを、と思ったのがマイナー外国語始めた動機でしたわ。)
by 彩 (2008-06-11 00:11) 

しま

TITLE: 彩さん
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■彩さん
スコウフスは贔屓じゃなかったんでしたっけ。失礼しました。
ウィーンの映像、見てみたいです。とにかくシコフの顔がスゴそうですから(笑)
by しま (2008-06-11 23:48) 

yokochan

TITLE: No subject
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ぬははは~っ・・・。腹かかえて笑いましたぞよ。

ピーター大好きの、ブリテンはベンジャミン。
もうひとりのベンジャミンは、ラクソン。そのラクソン氏はいかがですか?
ラクソン氏、わりかし好きなんですよ。声がね。声ですよ。

それにしても、しまさんは、ビリーバッドが大好きなんですね。
わたしのほうは、ヒコックス盤に加えて、ナガノ盤の購入を検討中です。
そして、その前に、こちらのDVDですな。
グロさんを、しかと拝見しようじゃないですか!
by yokochan (2008-06-16 17:20) 

しま

TITLE: yokochanさん
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■yokochanさん
こんばんは。ブリテン好きのyokochanさんのコメント、嬉しいです。

>ベンジャミン・ラクソン
このDVDでも新兵の友人役で出てますよね。
ちと軽いけど、よい声だと思います。ブリテンの作品向きですね。

>しまさんは、ビリーバッドが大好きなんですね。
そうなんです~。出会って間もないにもかかわらず、バリトン主役の演目では、ドンジョに次いで2位の座にまでのし上がっています。

てか、グロさん(←この呼び方もウケますねぇ)のビリー・バッドが大好きで、他のはグロさんの偉大さを再確認するために聴いてると言っても過言ではないです(←溺愛)
他の歌手に比べると、ちと頭の悪そうな(あ、言っちゃった;;)ビリーですがw
でも、ナガノ盤のハンプソンとは脳天気さでいい勝負かも。

DVDは古き良き時代の映画みたいで、センスいいです。
是非yokochanさんの膨大なコレクションの一部に加えてください♪
by しま (2008-06-16 23:18) 

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