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《リゴレット》@新国立劇場 11/3 [オペラ実演レポ]

sinkoku rigo1.jpg 最終日の公演を観に行きました。

 大好きなヴェルディの、お気に入りの演目。そして、私の永遠の心のハニーであるところの今は亡きピーター・グロソップ様の最も愛したタイトル・ロールということで、どうしても点が辛くなります。

 今回、私が最も感激したのは、アルベルト・ファッシーニアレッサンドロ・チャンマルーギによる演出と舞台美術でした。

 無料で配布されている「ステージノート」によりますと、ファッシーニは映画監督のルキノ・ヴィスコンティのアシスタントを経て、数多くのイタリア・オペラの演出を手がけてきた方だそうです。同じキンキラキン、絢爛豪華な路線を行くゼッフィレッリとはまた違ったモダンさ、デフォルメされたエキゾシティズムに溢れる第1幕第1場、マントヴァ公の城の広間は、これから繰り広げられるおどろおどろしい物語の幕開けに、まことふさわしいものでした。

sinkoku rigo2.jpg また、暗闇の街の様子やリゴレットの棲家、3幕の居酒屋は、マントヴァ公の輝かしい城とは対照的なモノトーンなのですが、ポップアップ・アート(注1)を連想させられるような立体感・遠近感のあるセットです。回り舞台を効果的に利用して場面転換を行いますので、たいへん臨場感がありました。

 特に、3幕の居酒屋のセット(写真)が素晴らしく、リゴレット父娘の立つミンチョ河の岸辺の路地、居酒屋の内部、そしてマントヴァ公が眠る屋根裏部屋の3層建て。これぞ「舞台劇!!」といった迫力で、最も印象に残っています。

 居酒屋でマッダレーナと戯れるマントヴァ公を照らすオレンジ色の光。リゴレット父娘の悲劇の元凶であるにもかかわらず、呪いなどどこ吹く風で快楽にふけるマントヴァ公。
 登場人物のほとんどが多かれ少なかれ傷を負っている中で、痛くも痒くもなかったのはこの不敵なマントヴァ公だけのはずです。

 幕切れの、なんともやるせない後味の悪さ、理不尽さが魅力の《リゴレット》ですが、その本質をよく表した演出であると思いました。



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sinkoku rigo zaseki.jpg ←この日の座席からの眺め。1階9列の、真ん中よりちょっと左寄りです。

 新国の1階席で、こんなにグッドポジションを確保したのは初めてかもしれません(1階の場合、いつも最前列の隅っこでした)。舞台の様子は全て見渡せますし、細部の観察もバッチリ。

 でも、字幕を見るには、ちょっと首を動かさなければならないので、ストーリーを知らない初めての演目の場合は、もう少し後ろのブロックが最高でしょう。

sinkoku rigo3.jpg さて、歌手陣の感想に移ります。

 私にとっての今回の目玉は、グルジア出身のヴェルディ・バリトン、ラード・アタネッリでした。

 新国で歌うのは、今年6月の《椿姫》に引き続いて2回目でしょうか。アルフレードの父親ジェルモン役が、見た目も歌唱も若々しすぎるにしても、けっこう気に入ってしまったので、彼のリゴレットもとても楽しみにしていたのです。

 初日は「とっても良かった」と聞いていたのですが、最終日はちょっとお疲れだったのでしょうか。1幕で慣例の「音上げ」をしなかったし、重唱やアリアのカデンツァの部分で微妙に♭歌唱になったりと、気になる部分がままあったのが残念でした。

 演技も……どうなんでしょうねぇ、グロ様ファンとしては、声が勝負のヴェルディ・バリトンにあまり細やかな演技力を求めるつもりはないのですけど、もう少し悲痛さというか、破れかぶれというか、狂気の一歩手前の凄みがあればなぁ……という感じです。演技がダメでも歌唱がそうであれば良いのですが、歌のほうも朗々としていましたから。

 それに、やっぱりまだまだ若いですよね、アタネッリは。実際の年齢はわかりませんけれども、もう少し爺さんになって、あの朗々とした声が出にくくなった頃に(いえ別に、アレンのことを引き合いに出しているわけじゃないですよ?)、血反吐を吹きながらこの役を歌ったら、それらしくなるかしら?なんて思ってしまいました。

 なんて言いながらも、やっぱりね、アタネッリを聴けたことは嬉しいのです。

 グロ様が自伝で仰るには、「ヴェルディはまず先に理想とする声を念頭に置いた上で、曲を書いた」ということですが、そして“理想の声”とは「ボクちゃんのことデス」って仰りたいんだと思うんですけど(笑)、アタネッリの声もそういう意味で、まさにヴェルディ先生が“理想”としたバリトン声だと思うのね。

 1幕が終わった後、同行者のぶどうくんと「ちょっとバスティアニーニっぽいよねー」なんて話していたのですが、2幕が終わった頃には、バスティアニーニがスモール・グロ様にとって変わっていましたよ?(*゚Д゚)

 なぜ“スモール”かといえば、そりゃぁね、グロ様は♭歌唱なんて絶対に絶対にしませんもの

 惜しむらくは、“スモール”なだけに、アタネッリを聴いていてもグロ様の時のようにドキドキときめかないんですけれども。グロ様は世界に一人で十分ってことなのかしら。
 でも好みの声には間違いないので、これからもアタネッリのヴェルディには注目していこうと思います。

 とりあえず、クーラと共演している《オテロ》のDVDは買いかしら? 若々しさが魅力なので、イァーゴや萌えなマクベスなんかだと素敵でしょうね。

 次に、マントヴァ公のシャルヴァ・ムケリア(同じく、グルジア出身)なんですけれども、この人も最終日でお疲れだったのでしょうか、高音はともかくとして、低音がかすれて全く出ていませんでした。

 ただ、心意気は買います。もっと調子の良い時に聴いてみたかったと思います。

sinkoku rigo5.jpg 男声陣が残念だった一方で、女性陣は回数を重ねるごとにめきめきと調子を上げてきたのではないでしょうか。特に、ジルダのアニック・マッシスが良かったと思います。

 声の線の細さは否めませんし、1幕の「慕わしい人の名は」は、音がきちんととれているだけのような印象が強かったのですが、2幕のリゴレットとの二重唱「さあ話なさい」のあたりから、美しい声音に情念のような凄みが加わってきたように思います。コロラトゥーラが本当に泣いているようで、聴いていて胸が打たれました。

 メゾ好きとしては、山下牧子のジョヴァンナや、森山京子のマッダレーナも好感が持てましたね。その一方で、スパラフチーレの長谷川顯とモンテローネ小林由樹には、もう少し頑張ってもらいたかったかも。どちらも迫力不足でした。

 このように並べてみると、《リゴレット》という演目は、大きな役から小さな役まで、けっこうな実力者を必要とするのですね。

 そして、ヴェルディ好きな聴き手というのは、オペラを「演劇」としてというよりは、「フィギュアスケート」のような芸術性も要求されるスポーツみたいに、採点方式で鑑賞しているということも、今回あらためて自覚しました。

 「ハイC」=4回転ジャンプ、「プッチーニばりの情感(ヴェルディには必要ないけど、あればあったで素敵)」=イナバウアー、みたいな。




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【リゴレット】ラード・アタネッリ
【ジルダ】アニック・マッシス
【マントヴァ公爵】シャルヴァ・ムケリア
【スパラフチーレ】長谷川顯
【マッダレーナ】森山京子
【モンテローネ伯爵】小林由樹
【ジョヴァンナ】山下牧子
【マルッロ】米谷毅彦
【ボルサ】加茂下稔
【チェプラーノ伯爵】大澤健
【チェプラーノ伯爵夫人】木下周子
【小姓】鈴木愛美
【牢番】三戸大久

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団


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◇《リゴレット》関連記事リンク
アレン追っかけ旅行記 in ロンドン6 --- 7/18 ロンドンのお天気と《リゴレット》

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(注1)全くの余談ですが、アメリカ人のポップアップ・アーティストにトーマス・アレンというお方がいらっしゃいまして、けっこう有名なもんですから、検索でもYouTubeでも、じーちゃんと被ってしまって、やりにくくていけません。

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RCG

私も最終日に行ってました。

大好きな演目のリゴレット。個人的には、かなり楽しめた公演でした。オーソドッククスな演出、良く出来た舞台装置にも好感が持てました。(私は、基本的には「保守的な」演出・舞台を好む傾向が強いようです!) 8年前の新演出のときには、テノールが絶不調。2幕終了後に急遽、降板するなど、その時に公演自体、まるで良い印象が残りませんでした。しかし、今回は主役3人の歌い手にもある程度恵まれ、良い面を楽しむことができました。

アタネッリ、プログラムでは1964年生まれと記されてましたよ。やはり、40ちょいの年齢では、まだまだリゴレット歌いとしては「深み」が足りないのでしょうか。加えて、あともう少し、演技力があればと感じてしました。でも、あの美声がありますので、アタネッリの今後のキャリアには注目していきたいと思います。近くの席にいた人が、幕間に「あの歌手、足が悪いみたいよ」と大きな声で喋っていたのには笑ってしまいました。それだけ、アタネッリの演技力が「抜群」だったのかな(笑)?

ムケリア評、しまさんのご感想にまったく同意します。最終日となり、ちょっと疲れてしまったのでしょうかね~。低音が、まともに出せていない場面も・・・

ジルダの出来は、2幕目が一番良かったですね。マッシスとアタネッリの悲しみの二重唱には引き込まれて一番、集中して観ることができたシーンでした。(それだけに、2幕のエンディングで、リゴレットの怒りが「大爆発」してくれれば、大満足できたはずなのに、ちょっとだけアタネッリの爆発ぶりには物足りなさを感じました。)

以上、公演を思い出しながら、しまさんのブログを汚すコメントを書いているうちに、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル日本公演も観たくなってきたぞ!!でも、チケットも取ってないし、お金もない(泣)。


by RCG (2008-11-05 01:07) 

keyaki

五十嵐さん時代には、けっこうファッシーニの演出があったんじゃないかな。《ドン・カルロ》も新演出になってしまいましたが、その前は、ヴィスコンティ原演出、ファッシーニ演出だったんですよ。
《リゴレット》も次は、新演出になりそうな気がします。
時代の流れでしょうけど、経費がかかる、こういう伝統的な舞台が減っていってますね。

>もう少し爺さんになって、あの朗々とした声が出にくくなった頃に
私もそう思います。10年後くらいでいいのではないかと。

こちらからもTB送信しますのでよろしくお願いします。
by keyaki (2008-11-05 01:24) 

euridice

>「演劇」としてというよりは、「フィギュアスケート」
なるほど。説得力のある納得の説明^^++
ヴェルディ、特に前期のものは、劇場で見るたびに感じます。場面転換が多くて、そのたびに高まった演劇的興奮に水をかけられるような気分がちらっとします。

TBありがとうございます。私のほうからもしましたので、よろしくお願いします。
by euridice (2008-11-05 06:19) 

ドクターT

フィギュアスケート♪

なるほど、これは適確なご意見ですね(^o^)

それでは、ロッシーニやドニゼッティは、体操競技というようになるのでしょうか(^^;
by ドクターT (2008-11-05 17:56) 

しま

RCGさん>
こんばんは。お久しぶりです。
同日だったんですね~。どちらのお席でしたか?

>プログラムでは1964年生まれ
そうだったんですか。やはり若いですね。

>それだけ、アタネッリの演技力が「抜群」
あはは、その人の気持ち、わかりますよ。いかにも大袈裟に足を引きずるようなオーバー演技じゃなかったですもんね。
私は昔ながらの、いかにも「リゴレットです!」みたいな歩き方を期待していたので、中途半端だな~と感じたんですが、リゴレットの設定を知らない方だったら「足が悪いのかも」と普通に思えるでしょうね。

>アタネッリの爆発ぶりには物足りなさを
同感です。あそこでドッカーンとやって欲しいんですけど。美声だからかな、どうしても「歌って」しまうんでしょうねぇ。

>ロッシーニフェスティバル
私も……;; ロッシーニは好きではないはずなのに、クンデの名を見たとたんにちょっとソワソワ……。でもお金も暇も無いのだわー。
by しま (2008-11-05 23:40) 

しま

keyakiさん>

>《リゴレット》も次は、新演出
そうみたいですね。mixiでも、ファッシーニの舞台セットが取り壊されるということで、惜しむ声が多いです。衣装は残しておくらしいですが。
そういう意味でも、今回の公演を観ることができて正解でした。

最近の私はモダンな演出も好きになってきましたけど、リゴレットで読み替えって難しそうですよね。
それに、日本で上演するオペラは、欧米の真似をして無理に前衛をする必要はないんじゃないかなと思います。

TBありがとうございました。
by しま (2008-11-05 23:49) 

しま

euridiceさん>

>場面転換が多くて
ワーグナー好きな方は、皆さんそう仰いますよね。
あと、拍手で中断されるのが気になる、とか。
フィギュア……もとい、ヴェルディ好きに言わせますと、ストーリーを中断させる拍手も、歌唱の「ジャッジング」として必要不可欠な要素なんですよ~。

歌唱そのものは「テクニカル・エレメンツ」、演技や演出やその他の要素は「プログラム・コンポーネンツ」ってなトコロでしょうか(笑)
by しま (2008-11-05 23:56) 

しま

ドクターTさん>

>ロッシーニやドニゼッティは、体操競技
だと思いますけどね(笑)
私はベルカント系は苦手なのでわかりませんけど、お好きな方の聴き方ってそんな感じ。
体操全般というよりも、女子の「床」が、感覚的にぴったりきますか。
by しま (2008-11-06 00:04) 

kazu

最終日、私も行って来ました。今回は前評判どうり演出が良かったですね。
ジルダ役のマッシスさんがやはり一番印象的でしたね。

リゴレット役は確かにもっと狂気というか、鬼気迫るものがほしいです。

マトヴァ候はあれでは単なるお気楽な兄ちゃんと言う感じで・・・ヴェルディは難しいですね。

来シーズンはオテロをやるようなので楽しみです。
by kazu (2008-11-06 02:39) 

straycat

やっぱり見る日によって出来具合が違うんでしょうか?初日はアタネッリもムケリアもよく声が出てましたけどね。ヴェルディの美しい旋律を美声で聴くのは正に快楽なので、私は朗々も好きですけど(笑)

今回はほんとにセットが素晴らしいというのは私もスゴク感じました。やっぱりしまさんのおっしゃってる三幕の居酒屋は見事でしたよね。でも、リゴレットやジルダが動くたびに床がギシギシ言ってませんでしたか?(笑)初日以降は改善されたんでしょうか?私の時はそれがオシかったです。あれが取り壊されるのは残念ですね。でも最後に見られて良かった。

by straycat (2008-11-06 10:12) 

しま

kazuさん>

>狂気というか、鬼気迫るものがほしい
美声であっても、それを出すことはできますからね。もう少しハジけられたら大丈夫だと思うんですけど。

>来シーズンはオテロ
オテロとイァーゴは誰なんでしょうね。歌手によって気合いの入り具合と座席の格に影響が出ますね。
by しま (2008-11-06 22:26) 

しま

straycatさん>

>初日はアタネッリもムケリアもよく声が出てました
羨ましいです。調子の良い時であれば、ムケリアもマントヴァ公としてそれなりだったと思いますし。
アタネッリは声が出てないわけではなかったんですけど、テンションにムラがあったような感じでした。

>床がギシギシ
あ、それは最終日でもそうでしたよ(笑) ちょっと気になりました。

>最後に見られて良かった
本当に。
これで将来は孫に自慢できます(笑)
by しま (2008-11-06 22:34) 

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