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R・シュトラウス《カプリッチョ》@日生劇場11/22 [オペラ実演レポ]

cap0.jpg まだROH《カルメン》の感想も書いていないし、旅行の写真アップもまだですが、二期会の《カプリッチョ》が期待以上によかったので取り急ぎ備忘録。

 まさかこの演目で泣けるとは思っていなかったのです。

 同じ演目でも演出によっていくらでも印象は変わりますが、元々の台本を新たなストーリーで包み込んだ、メタフィクション的な演出の成功例だと思いました。

 オペラ、そして芸術全般にとって、より優先されるべきは言葉か音楽か。グルックがオペラ改革を行った時代――18世紀の貴族のサロンで、こんな議論をあーだこーだ繰り広げ、結局「どちらか一つなんて選べない」という“オチ無し”のお話です。

 ヒロインである伯爵令嬢(マドレーヌ)の心を、若い詩人と音楽家のどちらが射止めるか、という三角関係にも置き換えられていますが、ライバル同士で決闘するとかそういう事件はひとつも起こらず、とにかく最後まで会話だけ。

 このオペラを観に行くのは初めてのことだったので、何度か“予習”を試みましたが、CDだと退屈きわまりなく、さっさと挫折いたしました。一応、トーマス・アレンが伯爵をやってる音源で挑戦したんですけどね。

 ところが、今回の演出では時代をナチス占領下1942年(シュトラウスがこの作品を作曲したのは1941年) に移し、音楽家フラマンと詩人オリヴィエをユダヤ人という設定でした。

 したがって、テーマとしては深いけれどもドラマ性は薄かった《カプリッチョ》に、芸術のそもそもの存在意義を問いかける大河小説的な重みが加わったというわけ。とりわけ2幕での意外な展開に目が釘付けで、退屈どころか目頭がちょっと熱くなったりしたんですよね。

 やっぱり舞台は実際に観てみないとわからんものです。

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cap1.jpg 2幕で議論が宴もたけなわになった直後、伯爵邸にドイツ軍が踏み込み、フラマンとオリヴィエを連れ去ろうとします。この辺、字幕を読むのに必死で舞台上の動きを何度か見逃しているのですが、劇場支配人のラ・ロシュが二人を逃がし、代わりに彼が拘束されたのかもしれません。(きちんとご覧になった方、教えてください)

 伯爵邸は廃墟と化し、クライマックスのマドレーヌのモノローグが始まるまでには長い時が流れます。老女となったマドレーヌが登場し、はるか過去の幸せだった時代に思いを馳せつつ、「言葉と音楽、オリヴィエとフラマン。どちらか一方を選ぶことなんてできやしない。二人はもはや一つ。私も一緒に織り込まれている」と歌います。

 そう、その通り。総合芸術であるオペラにとって、言葉と音楽に優劣をつけることは無意味なこと。
 そしてホレただのハレただの、小さな意地の張り合いを繰り返している人間の営みも、時代の大きな流れの前には砂粒のようにはかないものだ。マドレーヌのかつての幸せは、いまや記憶の中にしか存在しない、幻のようなものに変わってしまった。

 しかし、実態の無い幻であっても、美は確かにそこに存在したのだ。
 芸術…オペラという「奇跡」――そう呼んでもいいと思う――とは、実態をつかむことがほぼ不可能な、しかし、その存在を決して否定することのできない「神」のようなものなのではないか。

 なにしろツボにはまってしまいましたもので。
 勝手にそこまで思考を飛躍させ、静かに感動しまくっていた私です。

jl.jpg 演出はジョエル・ローウェルス。 
 二期会では過去に《ワルキューレ》の演出もしているそうです。(私は観てはいませんが)

 この公演に誘ってくれた人が音楽家フラマン役の望月哲也さんのお知り合いだったので、終演後に彼女に便乗して楽屋へ入ることができたのですが、そこでローウェルス氏ご本人の姿もお見かけしました。ずうずうしい私はさっそく突撃。「とても感動しました」と直接感想を伝えることができました。

 演出とは関係ありませんが、氏のお母様は日本人だそうです。
 氏はちょっと小柄で、シャイっぽい感じの方でした。

 ソリストの印象も備忘録っておきます。

cap2.jpg ヒロインの伯爵令嬢、マドレーヌ役の佐々木典子。やはり最後のモノローグが圧巻。イメージとしては、フェリシティ・ロットの歌唱が思い出されました。もちろん声量はロットよりも立派です。

 音楽家フラマン、望月哲也
 この方はですね……誤解を恐れずに言えば、バリトンの心を持ったテノール歌手です。ええモチロン褒め言葉です。私、バリトン・フェチですから。

 透明感のある美しい歌声に、盛大なヴィブラート。生き生きとした歌唱が魅力的です。本日の舞台でも溌剌とした存在感を見せつけてくれたと思います。

 新国には《フィガロの結婚》のバジリオ役で登場しています。来年3月は二期会の《ラ・ボエーム》。ロドルフォです、ロドルフォ。せっかくなので宣伝しときます。

 脇では、イタリア人ソプラノ歌手役の羽山弘子が耳に残りました。
「自分がソプラノだったら、ああいう声で歌いたいね~」と、一緒に行った友人と語ったものです。

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音楽のための会話劇
字幕付原語(ドイツ語)上演
台本:クレメンス・クラウス及リヒャルト・シュトラウス
作曲:リヒャルト・シュトラウス

指揮: 沼尻竜典
演出・装置: ジョエル・ローウェルス

伯爵令嬢マドレーヌ   :佐々木典子
伯爵, マドレーヌの兄  :初鹿野 剛
作曲家フラマン  :望月哲也
詩人オリヴィエ  :石崎秀和
劇場支配人ラ・ロシュ  :米谷毅彦
女優クレロン  :加納悦子
トープ氏  :大川信之
イタリア人ソプラノ歌手  :羽山弘子
イタリア人テノール歌手  :渡邉公威
執事長  :佐野正一


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ロンドンの椿姫

カプリッチョを退屈せずに聴けてよかったですね。
私はパリのガルニエで観たのですが、それだと字幕もフランス語なわけで・・・(汗)。Rシュトラウス作品をたくさんレパートリーとして持っているロイヤルオペラハウスに何故かカプリッチョだけはないのですが、いつか英語の字幕付きでじっくり意味を踏まえながら観てみたいものです。
あ、パリにもわざわざそれを観に行ったわけではなく、知り合いが行けなくなった凄く良い席の切符を無料で下さったので、それならばと初めてガルニエに行ってみたのです(日帰り)。ガルニエというだけで(着物着てたし)それだけで興奮して、ある意味とても印象に残ってるカプリッチョです。
by ロンドンの椿姫 (2009-11-23 00:13) 

kazu

素晴らしい演出のようですね。
自分はカプリッチョは見たことがないのですが、見た人は皆「退屈だ」と言われるので、どうなのだろうと思っていましたが、やはり演出家の技量しだいということですね。

演出家のジョエル・ローウェルス、要チェックですね。
by kazu (2009-11-23 09:17) 

JUNKO

こちらのブログには初コメントになります。
お邪魔します。
『カプリッチョ』昨日突然予定がキャンセルになったので当日券で行こうかな~。と考えていたら珍しく腹痛でダウンしてしまい、断念したのでした。
カプリッチョ。。。ワタクシもDVDだとどうしても毎回寝てしまい、最後までちゃんと聴けた事がありません。
良いオペラに出会えたしまさん、羨ましい~。
ほんと実際に舞台で観て見ないとわからない感動ってありますよね。
ワタクシもまたオペラでドキドキしたいです♪



by JUNKO (2009-11-23 13:58) 

yokochan

こんにちは。
私は、別キャストの21日に観てまいりました。
シュトラウス・フェチのわたくしですから、聴きどころ・見どころは、しっかり押さえて挑んだのです。
ローウェルス氏の手口は、ワルキューレでわかってはいたのですが、今回もまんまと引っ掛かってしまい、予想もしなかった老いたマドレーヌの姿と、絶美の音楽に、涙をとどめることができませんでした。
うぇ~ん、涙がしょっぱかったですよ。

ラ・ローシュは、突然ナチスの正体をあらわし、自分がしょっぴくと表明して、作曲家の懐に書類(おそらく通行証かお金)を押し込みました。
逃がしたあとは、鉤十字の腕章をかなぐり捨て、舞台を去りました。
シュトラウスの姿とダブらせることもできるかもしれません。

ともあれ、素晴らしい上演でございましたね!

by yokochan (2009-11-23 19:25) 

しま

椿姫さん>
はい、椿姫さんのガルニエ行き、覚えていますよ!!
絢爛豪華な劇場内部と、それに負けないくらいの訪問着の威力。
あの記事を見て、私もガルニエ観光を決行したんです。
(でも、昼間に見学しただけでしたが;;;)
そうそう、あの時の演目、カプリッチョでしたね。

>カプリッチョを退屈せずに聴けてよかった
これはもう、奇跡ですよ(笑)
ROHではレパートリーではないんですね。意外です。
ローウェルスさんの演出、ロンドンでも当たるんじゃないかな~。私が宣伝して回りたいくらい気に入りました(笑)
by しま (2009-11-23 23:19) 

しま

kazuさん>
二期会は「通好み」なのかもしれないですね。珍しい演目もやってくれますので(次はオテロとボエームですが;;;)、重宝だなぁと思いました。

関西や名古屋では、ブリテンのルクレシアとか真夏の世の夢とかもやってますし。
去年の「マクロプロス」なんかもめっけモンでした。
by しま (2009-11-23 23:24) 

しま

JUNKOさん>
こちらにもコメントをありがとうございます。
体調不良、残念でしたね。今は回復されましたか?

オペラでドキドキは、追っかけでもしていない限り、そうめったやたらにあることではないので、私も運が良かったなぁと思います。
二期会は私のような素人には敷居が高いですから、やはりお誘いが無いと・・・。
by しま (2009-11-23 23:27) 

しま

yokochanさん>
ふふふ、記事中でyokochanさんを召喚しました。
シュトラウス・フェチのyokocchanさんなら字幕に頼らず、音楽も演出も細部まで堪能なさっているはずですから。
ラ・ロシュの解説、ありがとうございます。
彼もナチス党員だったんですね。そういえば腕章つけてました。

>ローウェルス氏の手口
ほんと、まさしくあれは「手口」と呼ぶにふさわしいです。
カプリッチョの演出として、今回のは邪道かなぁとは後になって思いましたが、おかげでこの私が普通のカプリッチョを聴けるようになったのですから(しかもCDで!!)。

でもですね、あの演出を観た後だと、アレンのやつ(プレートル盤)、ますますマッタリして聴こえます。
2幕のシッチャカメッチャカな盛り上がりが物足りなく感じるんですが、yokochanさんのお耳ではいかがですか?
by しま (2009-11-23 23:37) 

yokochan

お呼びでしょうか(笑)
呼ばれておいてなんですが、プレートル盤は現在オーダー中でして、まだ聴いてないんですよ。あしからず。
まったりじゃなくて、キビキビ系は、ベームや、キリ・テ・カナワ盤でしょうか。

あの知能犯的演出、思えば思うほど、まだ何か隠していることがありそうです。
木曜マチネにヴォツェック。
まだ見る気分が盛り上がりませ~ん。
by yokochan (2009-11-24 23:54) 

しま

yokochanさん>
プレートル盤はまだでしたか、それは残念。
yokochanさんなら出回っている全ての音源をお聴きになっているイメージがあります(笑)

キリ・テ・カナワも良さそうですね。

>知能犯的演出
まさしく、その表現がピッタリきますね。

by しま (2009-11-25 22:39) 

Pilgrim

 こんばんは、「オペラの夜」です。
僕も「カプリッチョ」は今回が初めてでした。

 望月さんに付いてのメモを見ると、
「音楽の内容を把握し、美声で良く歌っているが、
音色の変わらんのが面白くない」と、ありました。

 辛口と誹られる僕としては、誉めてる方だと思います。
by Pilgrim (2009-12-19 21:17) 

しま

Pilgrimさん>
コメント&TBをありがとうございます。
同じ日にいらしたんですね。私は2階席1列目のど真ん中におりました。

私と同じくこの「カプリッチョ」がお初だったという方は多かったみたいですね。
珍しい演目を国内で観られるのはありがたいことです。

>音色の変わらんのが面白くない
否定はしません(笑)
が、歌唱の良し悪しを語れるほど、私はこのオペラを聴き込んではいないんです。
by しま (2009-12-21 00:07) 

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