夢とロマンの「クレド」/14人のイァーゴ [オペラ録音・映像鑑賞記]
19世紀生まれのアンティーク歌手たちによる《オテロ》、名場面集より。14人のイァーゴ聴き比べ。
第2弾は「クレド(無慈悲な神の命ずるままに/悪の信条)」です。
シェイクスピアの原作には無い、ヴェルディの《オテロ》独自のシーン。
「俺は残忍な神の申し子であり、悪そのものなのだ」と、イァーゴの本性があからさまに語られます。
この独白により、イァーゴがオテロを陥れるのは「自分を引き立ててくれなかったことへの恨み」ではなく(それは表向きの理由)、そもそもが悪魔的な人間だからだということになるのですが、それを言葉どおりに受け取るか、裏に隠された意味を読み取るかで、この卑劣なキャラクターの演じ方が変わってきます。
その昔はストレートに悪を肯定する表現が主流だったのではないかと思われます。イァーゴ名人ティト・ゴッビ(右上)はおそらくその最高峰。とんでもなく憎々しい「悪人イァーゴ」を見事に演じ、歌っています。一方、最近ではこの独白の言外に滲み出るイァーゴの自嘲を嗅ぎ付け、より複雑な性格表現を試みる歌唱も増えてきたのではないでしょうか。
「酒の歌」のコメント欄にてkeyakiさんが仰っていた、“ラストの高笑い” をどう処理するかも、それぞれの歌手の個性が見えて楽しめます。
尚、「クレド」から我が家の最強ポケモンであるところのティッタ・ルッフォも参戦します。大声では負ける気がしません。大声では。
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「クレド」関連記事リンク
■超レア!! -- ご禁制のアレンの“クレド”
■グロソップ×ウ゛ィッカーズの『オテロ』/ヴェルディ :1
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【クレド】 エウジェニオ・ジラルドーニ (Eugenio Giraldoni)イタリア/1871 - 1924
1905年の録音/ピアノ伴奏/⇒YouTube
芝居気たっぷりの凄みがあってよろしい。高音がちとキレイすぎるけど。低音が悪人らしくてイァーゴの雰囲気に合っている。なかなか芸達者な歌い方ができる人だったのではあるまいか。声量も申し分なし。
最後がなんか物足りない・・と思ったら、そう、高笑いはしていませんでした。
ちなみにプッチーニの《トスカ》初演でスカルピア男爵を歌った人。なるほど・・と思わせる声と歌唱。素晴らしいのであります。
【クレド】 パスクァーレ・アマート (Pasquale Amato)イタリア/1878 - 1942
1911年の録音/オーケストラ伴奏/⇒YouTube
重量感に欠けるしパワーも今ひとつなんだけど、歌唱による演技が達者。「くれ~~ど!!」と、まるで地底人の唸り声のように押し上げてくるところがいい。低音の脆弱さもイァーゴの陰険さにマッチしている。「死とは虚無だ」と呟くところは恨みがましく。
この役は表現力が第一条件で、大声かどうかは二の次か・・。私の信条が揺らぎ始めました。
ラストの「はぁ~はっはっはっ」も小馬鹿にしているようでいいな。
【クレド】 ティッタ・ルッフォ (Titta Ruffo)イタリア/1877 - 1953
1912年の録音/オーケストラ伴奏/⇒YouTube
参考:⇒闘牛士の歌の感想
dB(デシベル)としての声量もさることながら、この人の場合は声の響き方がとにかく大きい。空間を丸ごと征服し尽くしてしまいそうな勢いである。
これだけダイナミックに歌われると、イァーゴの性格表現がどうのこうのではなく、背後のもっと大きな存在、悪霊の影がイァーゴに覆い被さっているように、視覚的にも迫ってくる。勢い余ってオンチだが、それも歌唱のスケールを拡大する効果アリ。
「ハハハハ!」がやけに甲高くてギョッとするけど、性格悪そうなので許す。
【クレド】 カルロ・ガレッフィ (Carlo Galeffi)イタリア/1882 - 1961
1916年の録音/オーケストラ伴奏/⇒YouTube
参考:⇒闘牛士の歌の感想
相変わらずお化けが出てきそうなビブラートだけど、「クレド」では意外な効果を上げている様子。低音にも強いので、なんとも言えない不気味さが漂ってくる。
このイァーゴは怖い。ガレッフィの顔もちょっと怖い。
“dal geeeeeeerme della culla” も声はキレイながら壮絶。
ラストは「高笑い」ではなく、極悪な低音で「ゲヘヘヘ・・・」です。
闘牛士では酷評してしまったけど、そりゃ似合わないわけよ。
【クレド】 ドメニコ・ヴィリオーネ・ボルゲーゼ (Domenico Viglione Borghese)イタリア/1877 - 1957
1925年の録音/オーケストラ伴奏/
エッジの効いたカッコ良い声とは思うんですが、文節ごとにいちいち息を継いでいるようだし、無理に大声を出そうとしているように聞こえます(のワリには大きくない)。
ラストはかなり長伸ばしだけど、やっぱり事前に変なところで息を吸ってる。
高笑いは無し。息を長くすることに集中をしたようですな・・
いや、さ。ルッフォの驚異的な肺活量に慣れちゃうと、気になっちゃうわけですよ。
【クレド】 ジュゼッペ・ダニーゼ(Giuseppe Danise)イタリア/1883 - 1963
1928年の録音/オーケストラ伴奏/
時代劇!?
悪役商会!?
いや、お顔を見て言ってんじゃないの。歌唱よ、歌唱!
「越後屋。おぬしも相当の悪よのう…?」
アンティーク歌手を舐めちゃいかん。ネタにおいても。
高笑いは「ぬわっはははは!」
YouTubeに上がっているのは別の音源のものだと思う。そっちはまとも。むしろカッコいい。
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イァーゴ聴き比べもくじ
■夢とロマンの「酒の歌」/14人のイァーゴ
第2弾は「クレド(無慈悲な神の命ずるままに/悪の信条)」です。
シェイクスピアの原作には無い、ヴェルディの《オテロ》独自のシーン。
「俺は残忍な神の申し子であり、悪そのものなのだ」と、イァーゴの本性があからさまに語られます。
この独白により、イァーゴがオテロを陥れるのは「自分を引き立ててくれなかったことへの恨み」ではなく(それは表向きの理由)、そもそもが悪魔的な人間だからだということになるのですが、それを言葉どおりに受け取るか、裏に隠された意味を読み取るかで、この卑劣なキャラクターの演じ方が変わってきます。
その昔はストレートに悪を肯定する表現が主流だったのではないかと思われます。イァーゴ名人ティト・ゴッビ(右上)はおそらくその最高峰。とんでもなく憎々しい「悪人イァーゴ」を見事に演じ、歌っています。一方、最近ではこの独白の言外に滲み出るイァーゴの自嘲を嗅ぎ付け、より複雑な性格表現を試みる歌唱も増えてきたのではないでしょうか。
「酒の歌」のコメント欄にてkeyakiさんが仰っていた、“ラストの高笑い” をどう処理するかも、それぞれの歌手の個性が見えて楽しめます。
尚、「クレド」から我が家の最強ポケモンであるところのティッタ・ルッフォも参戦します。大声では負ける気がしません。大声では。
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■グロソップ×ウ゛ィッカーズの『オテロ』/ヴェルディ :1
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【クレド】 エウジェニオ・ジラルドーニ (Eugenio Giraldoni)イタリア/1871 - 1924
1905年の録音/ピアノ伴奏/⇒YouTube
芝居気たっぷりの凄みがあってよろしい。高音がちとキレイすぎるけど。低音が悪人らしくてイァーゴの雰囲気に合っている。なかなか芸達者な歌い方ができる人だったのではあるまいか。声量も申し分なし。
最後がなんか物足りない・・と思ったら、そう、高笑いはしていませんでした。
ちなみにプッチーニの《トスカ》初演でスカルピア男爵を歌った人。なるほど・・と思わせる声と歌唱。素晴らしいのであります。
【クレド】 パスクァーレ・アマート (Pasquale Amato)イタリア/1878 - 1942
1911年の録音/オーケストラ伴奏/⇒YouTube
重量感に欠けるしパワーも今ひとつなんだけど、歌唱による演技が達者。「くれ~~ど!!」と、まるで地底人の唸り声のように押し上げてくるところがいい。低音の脆弱さもイァーゴの陰険さにマッチしている。「死とは虚無だ」と呟くところは恨みがましく。
この役は表現力が第一条件で、大声かどうかは二の次か・・。私の信条が揺らぎ始めました。
ラストの「はぁ~はっはっはっ」も小馬鹿にしているようでいいな。
【クレド】 ティッタ・ルッフォ (Titta Ruffo)イタリア/1877 - 1953
1912年の録音/オーケストラ伴奏/⇒YouTube
参考:⇒闘牛士の歌の感想
dB(デシベル)としての声量もさることながら、この人の場合は声の響き方がとにかく大きい。空間を丸ごと征服し尽くしてしまいそうな勢いである。
これだけダイナミックに歌われると、イァーゴの性格表現がどうのこうのではなく、背後のもっと大きな存在、悪霊の影がイァーゴに覆い被さっているように、視覚的にも迫ってくる。勢い余ってオンチだが、それも歌唱のスケールを拡大する効果アリ。
「ハハハハ!」がやけに甲高くてギョッとするけど、性格悪そうなので許す。
【クレド】 カルロ・ガレッフィ (Carlo Galeffi)イタリア/1882 - 1961
1916年の録音/オーケストラ伴奏/⇒YouTube
参考:⇒闘牛士の歌の感想
相変わらずお化けが出てきそうなビブラートだけど、「クレド」では意外な効果を上げている様子。低音にも強いので、なんとも言えない不気味さが漂ってくる。
このイァーゴは怖い。ガレッフィの顔もちょっと怖い。
“dal geeeeeeerme della culla” も声はキレイながら壮絶。
ラストは「高笑い」ではなく、極悪な低音で「ゲヘヘヘ・・・」です。
闘牛士では酷評してしまったけど、そりゃ似合わないわけよ。
【クレド】 ドメニコ・ヴィリオーネ・ボルゲーゼ (Domenico Viglione Borghese)イタリア/1877 - 1957
1925年の録音/オーケストラ伴奏/
エッジの効いたカッコ良い声とは思うんですが、文節ごとにいちいち息を継いでいるようだし、無理に大声を出そうとしているように聞こえます(のワリには大きくない)。
ラストはかなり長伸ばしだけど、やっぱり事前に変なところで息を吸ってる。
高笑いは無し。息を長くすることに集中をしたようですな・・
いや、さ。ルッフォの驚異的な肺活量に慣れちゃうと、気になっちゃうわけですよ。
【クレド】 ジュゼッペ・ダニーゼ(Giuseppe Danise)イタリア/1883 - 1963
1928年の録音/オーケストラ伴奏/
時代劇!?
悪役商会!?
いや、お顔を見て言ってんじゃないの。歌唱よ、歌唱!
「越後屋。おぬしも相当の悪よのう…?」
アンティーク歌手を舐めちゃいかん。ネタにおいても。
高笑いは「ぬわっはははは!」
YouTubeに上がっているのは別の音源のものだと思う。そっちはまとも。むしろカッコいい。
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イァーゴ聴き比べもくじ
■夢とロマンの「酒の歌」/14人のイァーゴ
2012-06-14 23:04
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コメント(4)
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>最近ではこの独白の言外に滲み出るイァーゴの自嘲を嗅ぎ付け、より複雑な性格表現を試みる歌唱も増えてきた
新たな、より複雑で演じ甲斐のある表現を目指すのはよくわかるのですが、個人的にはイァーゴはじめイタオペ三大バリトン悪役にはやっぱり徹底した悪の権化感を求めたいところ。
なんか徹底したワルの方が舞台全体が締まるような気がするんですよね…(と言って『オテロ』そこまで聴きこんでないけど苦笑)
高笑い、先日のリサイタルでガッロはやってましたね。良かったと思います。あのひと悪人面だからDVDで出てる『シモン』のパオロとかもハマってますし。
しまさん的ベストのイァーゴが誰なのか気になるところです^^
by Basilio (2012-06-15 12:12)
ライオンキング
>これだけダイナミックに歌われると、イァーゴの性格表現がどうのこうのではなく、背後のもっと大きな存在、悪霊の影がイァーゴに覆い被さっているように、視覚的にも迫ってくる。
卑小な人間性を越えた存在としてイァーゴを捉えたい誘惑にかられますねぇ。その点ルッフォは素晴らしいですね。(肺活量がもはや人間じゃないのか・・・) バスティアニーニはイァーゴではキャラ違いに聴こえるし、私の愛聴盤は今んとこカプ様です♪
by ふう (2012-06-15 21:58)
■Basilioさん
悪の権化を表現するのって難しいと思うんですよね。そして「より複雑な性格表現」のほうが実はアプローチしやすいんじゃないかと。要するに、「普通の人間」ってことですから。
>徹底した悪の権化感
それで思い出したんですが、ブランのイァーゴは徹底した善の権化ですよねww
>しまさん的ベストのイァーゴ
正直、「ベスト」にはまだ出会ってないです。そんなにたくさん聴いてないし。
このCDでは誰がいいかなー。
by しま (2012-06-16 01:25)
■ふうさん
ルッフォのクレドは「ライオンの咆哮」そのもので、好きな録音の一つです♪
もー最強!(≠最高)
しかしまぁ、大声に頼りすぎててどこか呑気な感じがするというか、壮絶感が足りないというか、キャラが立っていないというか・・(;・∀・)
大声が売りだったんだからこれでいいんでしょうけどね♪
カプ様もルッフォの拓いた大声量系イァーゴですが、表現はもっと巧みですね!
by しま (2012-06-16 01:45)