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《セビリアの理髪師》@新国立劇場 12/4 -- 言いたいことはいろいろあるけど面白かったから大満足 [オペラ実演レポ]

barbartirasi.jpg しつこいですが、今シーズンは新国の全公演制覇をめざして頑張っております。その第3弾は《セビリアの理髪師》でした。

 ロッシーニは恥ジュカチイのでちょっと苦手ですが、サー・トーマス・アレンの大はしゃぎフィガロ in マリナー版のおかげでこの演目は好きであります。

 で、新国のセビリア。
 いろいろ言いたいことはありますが、全体としてはとても良い公演だったと思います。
 ソリスト達のレベルは決して高いとは言えず、特にアンサンブルは終始グダグダで、残念の極みなんですけれども。お客さんのウケは良かったようだし、私も含め、みなさん満足されたんじゃないでしょうか。

 その要因はとにもかくにも演出にあったと思います。

 ヨーゼフ・E ケップリンガーという人の手によるものですが、これがま~ぁ面白かったこと!

 時代を1950年あたりに移して、美術もポップでカラフルに。CDだけで聴くと長ったらしくて退屈なアリアや重唱の部分も、歌手たちの後ろで何やかやとオモシロイことをやってくれるのです。もう笑いが止まらず、その効果があってお客さんのテンションも上がってきて、歌手にも拍手喝采を送る……という感じでした。

 演出があれほど面白くなかったら、どんな惨事が起こったことか(苦笑)

 でもまぁ、いいです。本当に面白く、楽しく、頑張ってお休みをとって新国に行って良かった!と思いましたから。オペラの顧客満足も、歌手やオケの演奏だけが決めているわけでもないんですね。もちろん両方良いのが理想なんですが。

 MVPはブルーノ・プラティコ。これぞブッフォのおシゴト!と大絶賛できる、見事なバルトロでした。ところどころに入れてくれる日本語も可愛かったですよ。

 それから、新国サイトの写真では「ニヤけたヤローだぜ」と私の評価の低かったダリボール・イェニスが、実は私好みの大声フィガロでいきなり好印象になりました。顔もけっこう大きかったしd( ̄  ̄)

 この強靭な喉、鬱陶しいほどの大声はもしや……?とワクワクしながら聴いていたんですが、ホラやっぱり。

 ヴェルディ歌いさんでもあらせられるのよね~~ワ━ヽ(*´Д`*)ノ━ィ

 正直、このセビリアにはあまり期待していなかったんですが、こうして思わぬところで魅力的なバリトンに出会えたりするので、全制覇を目指す意義もあるってもんです。
 イェニスは《オテロ》のイァーゴのロール・デビューをしたんですと。(⇒コチラ
 いいですねぇ~。是非とも生で聴いてみたいものです。

 ロジーナのロクサーナ・コンスタンティネスクも特に文句はありません。跳ねっ返りで色気もあって魅力的でした。

 で、いちばん大切なルシアノ・ボテリョのアルマヴィーヴァ伯爵。登場の第一声がとてもキレイな声だったので、その時点で期待度80%くらいにまで上がったのですが、少し調子が悪かったのでしょうか。不完全燃焼な印象です。
 高音があまりきれいではなく、アジリタもところどころ流れてしまっていた。
 本当ならもっと聴かせられる人なんだろうなと思いながら聴いていました。

 バジリオの妻屋秀和は今回も圧巻。『陰口は~』のアリアでのバスドラムどっか~んの瞬間の迫力など、妻屋さんだからこそ可能なんでしょう。

 オケの演奏も軽やかでテンポが良く、この演出とよくマッチしていたと思います。
 そして指揮者のカルロ・モンタナーロ氏のバルトロさんへの名ツッコミが、この演目で最も笑えた部分です。


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《トスカ》@新国立劇場 11/17 -- ノルマ・ファンティーニは可愛かった! [オペラ実演レポ]

tosca2012.jpg 今シーズンは新国全公演制覇をめざしているので、期待が大きいだけに“ガッカリ演目” と化している《トスカ》であっても行きました。
 そういえば、3年前は酷評しましたっけね。

 で、結論から言いますと、トスカのノルマ・ファンティーニはとても良かったのであります。
 特にたっぷりとした中・低音にうっとりしました。高音域はこの役ではほぼ悲鳴になりますけれども(笑)

 とにかく可愛い。容姿ももちろんそうですが、トスカの役作りがそんな感じで。

 私はトスカと聞くと、ドスがきいた怖いおばちゃん女性をイメージしてしまうのでありまして、カラスとかエヴァ・マルトンとかの印象が強いからかもしれません。そりゃスカルピアに虐められてかわいそうだとは思うけど、嫉妬深いしヒステリックだし、実際にいたら迷惑でうざい女性…みたいな。

 その点、ファンティーニのトスカは可憐で、嫉妬深いのは困るけど、「ごめんなさい」とカヴァラドッシに甘えるところなんかもすごく可愛くて。初めて心から応援できるトスカに会えた~!と思いました。

 『歌に生き、恋に生き』の直前で「えーんえーん!」と泣くシーンなど、もう舞台に駆け上がってスカルピアの襟首を掴んで「もうやめなさいよ! かわいそうじゃないの!」と殴りかかりたくなりましたよ(笑)

 その他の歌手はまぁ……そんなに期待していなかったので、こんなもんでショって感じです。

 カヴァラドッシのサイモン・オニールはちょっと惜しかったかも、とは思いますが、それにしても『星は光りぬ』は物足りなかったですね。聴いていて全然入り込めなかったし、そもそも指揮も盛り上げているようには思えなかったし。あそこは普通なら盛大な拍手が起こるべきポイントなのですが、素通りしてしまいましたね。あれは歌手のせいでしょうか? それとも、指揮?

 スカルピアのセンヒョン・コーについては、ここに記した印象どおりです。声は大きかったけど……。

 そんな中、アンジェロッティの谷 友博はなかなか良かったと思います。
 幕が開いて最初に舞台に転がり込み、声を聞かせる重要な役どころ。アンジェロッティの歌唱が良いと、トスカを観るぞ~!!という気持ちが一気に盛り上がりますものね。

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《トスカ》関連記事
《トスカ》@新国立劇場12/2 -- 不完全燃焼
バリトン愛好家の偏愛あるいは私は如何にして敬遠するのをやめてバスティアニーニを愛するようになったか
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能《隅田川》と教会オペラ《カーリュー・リヴァー》@東京藝術大学奏楽堂 10/28 [オペラ実演レポ]

sumidagawa.jpg ベンジャミン・ブリテンの《カーリュー・リヴァー》と、その元となった能《隅田川》の二本立て公演ということで、行ってきました。この二つを並べて鑑賞するのも、ブリテンを好きになってからの夢でありました。

 今年の夏にロンドンのクライスト・チャーチ・スピタルフィールズと、《カーリュー・リヴァー》の初演地であるサフォーク州オーフォードの聖バーソロミュー教会で公演を行ったのだそうです。
 教会で上演される能、どんな感じだったんでしょうね。

 私は東京藝術大学の奏楽堂、1階席で鑑賞しました。(今回は座席写真なし)
 またもや簡単な備忘録で申し訳ありませんが、感想を備忘録っておきます。

能《隅田川》
『隅田川』は学生時代にテキストを読ませられたような気もしますが、講義の内容など全くもって覚えておりません!(←学費のムダ)

 とはいえ、目の前で演じられるとそれなりに感慨を受けるものです。能は観念的な舞台芸術で、鑑賞する側の感受性に頼る部分が大きいんでしょうね。若い頃より今のほうが興味深く鑑賞できたのはそのせいかも。

 能の題材って、現代で言うところの「ホラー」ですね。本来は狂女の魂の救済のストーリーで泣かなきゃいけないんだと思いますが、なにしろ現代人の私ですので、クライマックスで子ども(梅若丸ですか)の声が「な~む~あ~み~だ~ぶ~つ~~~~~」と聞こえてきたところで、
 ギャー怖いっ!!
 と肝を冷やしておりました。

教会オペラ《カーリュー・リヴァー》
 いやはや、狂女役のテノール、鈴木准が素晴らしかった!

 狂女はやはりピアーズのあのナヨっとした歌唱がやっぱりいちばんしっくりくるなぁと思っていたんですが、正直、日本人でこんなに狂女がハマるテノールがいらっしゃろうとは思いませんでした。

 声量もあるし、透明感のある美声には惚れ惚れさせられたし、何よりもすごかったのは、あのイっちゃった感ですね。可哀想にと思うのと同時に、ゾッとさせられるんですね。
(後から聞いたところによりますと、鈴木准さんのご専門はブリテンなのだそうです)

 とはいえ、ゴミの山を積み上げたようなあの演出は何なのか。まったくもって意味がわかりません。ブリテンの音楽が台無しです。
 あんな不愉快なものを見せられるくらいなら、ステージに照明以外何もないほうがマシです。というか、そのほうが能っぽくて良いかも。

 演出のデイヴィッド・エドサーズ氏。来年はロイヤル・フェスティバル・ホールで《ワルキューレ》だそうですが、舞台はゴミ屋敷ってことにはならないでしょうね?


 ちなみに。
 われらがサー・トーマス・アレンも《カーリュー・リヴァー》のCDがございます。
 ネヴィル・マリナー盤。渡守の役です。


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《ピーター・グライムズ》@新国立劇場 10/5,10/8 -- 遅くなって申し訳ございません [オペラ実演レポ]

pt1008.jpg 長らく放置していて申し訳ありません。仕事のほかに、オフタイムで集中して頑張らなければならないことが出来てしまい、なかなかブログに気が回らなくなってしまいました。
 今後も更新が滞ることが増えると思いますが、今のところブログをやめるつもりはありませんので、気長におつきあいいただけると嬉しいです。

 さて新国も新シーズンが始まりまして(今更ですが)、今年はどんな手段を使っても(笑)全ての演目を制覇しようという野望を抱いております。

 その手始めの《ピーター・グライムズ》。私が大好きな演目で、生で鑑賞できたらと夢を抱いておりました。ようやく念願かなって新国で初上演と相成ったので、気合を入れて2回も行ってしまいました。
 簡単にその所感を備忘録っておきます。

 まず、いちばん重要なタイトルロールについて。腕に(喉に?)覚えのあるテノールはけっこうこの役をやりたがるようですが、なかなか私の好みに当てはまる歌手さんに巡り合えません。
 今回のスチュアート・スケルトンの声は、求めるものに限りなく近かったと思っています。響きが太く、低音がずっしりと重かった。

 ワーグナーが多くレパートリーに入っているようです。グライムズは初代がピーター・ピアーズで、この人のために書かれた作品なので、本来はあまり力押し歌唱でないほうが良いのかもしれませんが、少年虐待の疑いをかけられるグライムズなんですから、肉体派っぽい力強い声のほうが私は好きです。

 エレン・オーフォード役のスーザン・グリットンは素晴らしかった! 最も大きな拍手を送ったのはこの人です。たぶん私史上、最高のエレンだと思います。
 まろみのある、柔らかな素敵な声なのですが、歌唱に凄みがありました。

 2幕で、村人たちがこぞってピーターの小屋に向かった後、エレンとアンティ、二人の姪たちによる四重唱がありますが、そこでのグリットンのすさまじく悲痛な歌唱が2ヶ月以上経った今でも耳に残っています。

 あそこのシーンは、ちょっと昔のCDやDVDだとけっこうあっさりと演奏されることが多く、いまいちその存在意義がわからなかったのですが、グリットンの歌唱によってエレンの、そして女性の献身的な愛情と諦観が嵐のように胸に迫ってきました。

 アンティのキャサリン・ウィン=ロジャースは演技も歌唱も文句なし。太い声がキャラクターにとても合っていたと思います。

 急きょ代役としてバルストロード船長を歌うことになったジョナサン・サマーズはROHの映像やCDでお馴染みのバリトン。私の初グライムズのCDでも同役を歌っているので、思いがけず生サマーズを体験できて(しかも日本で!)嬉しかったです。

 日本人キャストで目を(耳を)ひかれたのは、ボブ・ボウルズ役の糸賀修平。あのイっちゃってヒステリックな面白キャラにとてもよくハマっていたというか。とにかく私の中のボウルズ役のイメージにぴったりで、何度も「そう、そうなんだよ!」と心の中で親指を立てていました。ええ声や!

 ホレス・アダムズの望月哲也も、なにげに胡散臭い牧師によく合っていました。礼拝のシーンであまり姿が見えなかったのが残念です。声だけ聞こえる…という演出がミソなんでしょうけどね。

 それから、オケの演奏もとても素晴らしく、興味深かったことも忘れずに記しておきましょう。特に1幕の嵐のシーンでどんな演奏をしてくれるか楽しみだったのです。あそこは指揮者によってびっくりするほど変わるのですね。

 音楽そのものは全くもって写実的に作られており、私の愛聴盤であるコリン・デイヴィスなんかはもう大型台風通過中のあのメチャクチャぶりを思い出させるようでとても迫力があります。
 一方、ハイティンクの手にかかりますと写実的な印象はまるでなくて、非常に観念的、宗教的な音になります。現実の嵐ではなく、グライムズの心情を描いているのかなぁと思わせられます。

 新国でのリチャード・アームストロングの音作りは写実のほうだったと思います。が、金管をフィーチャーしたデイヴィス盤の音に慣れた耳にはこれまた新鮮。引き裂くようなヴァイオリンの音がとても印象に残っています。

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《ピーター・グライムズ》関連記事
ジョン・ヴィッカーズの『ピーター・グライムズ』 with アレン ←アレンはネッド・キーン役です
R・ジョンソンの『ピーター・グライムズ』 ←アレンはバルストロード船長役です!
『ピーター・グライムズ』/ブリテン自作自演盤
『ピーター・グライムズ』あれこれ
《ピーター・グライムズ》MET ライブビューイング 5/27

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《ローエングリン》@新国立劇場 6/13 -- フォークト! フォークト! そして伝令 [オペラ実演レポ]

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《ローエングリン》の1文あらすじ。

無実の罪をきせられたエルザ姫は、突然現れた白鳥の騎士に「決して名前を問わぬ」ことを条件に窮地を救われ、愛し合うも、魔女に唆されて騎士の名前を尋ねてしまい、騎士の愛と庇護を失う話。

 とにかく目当てはクラウス・フロリアン・フォークトです。

 フォークト! フォークト!

 演奏の良し悪しや歌のテクニック云々より、歌手の「声」そのものに興味のある私にとって、フォークトさえ聴けるのなら、苦手な作曲家だろうがその中でも特に苦手な演目だろうが(たぶんそうだと思う)関係ない。

 苦手といいつつ、演奏を聴いていて鳥肌が立ったポイントは2つあって、1つ目は1幕への前奏曲。2つ目がフォークトの登場の第一声で、あれを聴いた瞬間に、オケも他の歌手も作品の好き嫌いも拘束時間5時間の恐怖も消えてなくなってしまいました。

 神懸りとでも言いましょうか。あの透明感、清らかさ、曲がることのない光のように、真っ直ぐに響く力強さ。これが人間であってよいものか。「天上の声」とはこのことだ。

 その清らかな美声の、なんと残酷であったこと……。

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マリウシュ・クヴィエチェンの 《ドン・ジョヴァンニ》@新国立劇場 4/24 [オペラ実演レポ]

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《ドン・ジョヴァンニ》の1文あらすじ。

1800人以上もの女性を手篭めにしてきたスペインの好色貴族ドン・ジョヴァンニが、ドンナ・アンナの夜這いに失敗して父親の騎士長を殺してしまい、そこから運気が下がり始めて、最終的には天罰が下り地獄へ引きずりこまれる話。


 理想的なドン・ジョヴァンニを生で聴けて、ガチでときめく日が来るなんて、数日前には考えもしなかったことです。

「アンタにはトーマス・アレンってアイドルがいるでしょうが」なんてツッコミが入りそうですが、私は特にアレンのドンが気に入って彼のファンになったわけではないのでして。そんなことはどーでもいいの。(もちろん、アレンがかつてドンジョ歌いとして名を馳せていたことは、ファンとして誇らしく思っていますよ)。

 思い入れはそれなりに強いので、ドンジョ歌いにはアレコレ文句はつけても滅多に褒めない主義ですけど、マリウシュ・クヴィエチェンのドンは間違いなく、新国上演史で語り継がれる伝説の一つになるでしょう。

 ついこないだまで「クヴィエチェン? 誰ですかそれ?」なんて、オペラファンにあるまじき発言をしていた私(メト来日公演の時期はモロに寝込んでいたんで…)に、「行ったほうがいい」「行かなきゃダメだよ」と背中を押してくださった皆さん、ありがとうです!

 クヴィエチェンを聴かずしてバリトン好きを名乗る資格はございません!(←気に入ると手のひらを返します)

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《オテロ》@新国立劇場4/13 -- ババジャニアンのイァーゴにやられた [オペラ実演レポ]

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《オテロ》の1文あらすじ。

ヴェネツィア共和国の勇将オテロが、彼を憎む部下イァーゴの策略により妻デズデーモナの不貞を吹き込まれ、嫉妬に狂って無実の妻を絞め殺し、自らも命を絶つという、シェイクスピア原作の悲劇。

 新国での実演鑑賞を指折り数えて待っていたのは久しぶり!

 初日が終わった直後からツイッター上でも「これは名演!」との感想があちこちで見られ、とりわけポプラフスカヤの代わりにデズデーモナを歌ったマリア・ルイジア・ボルシの評判が良かったもので、ソワソワわくわく毎日を過ごしておりました。

 もちろん、オテロ役のヴァルテル・フラッカーロへの期待も大。

 こないだの新国《トロヴァトーレ》のマンリーコもこの人だったんですが、私は「健康上の理由で(笑)」この公演を見逃しておりますのでね。フラッカーロのヴェルディ、とりわけ大好きな《オテロ》ですから、そりゃもう気持ちが盛り上がります。

 そしてヴェルディ・バリトン愛好家を名乗る者としてはミカエル・ババジャニアンのイァーゴも気になるわけです。

 私にとってのイチバン! のイァーゴは、そりゃピーター・グロソップに決まっているんですが、大声だけが取り柄の大根歌唱であることは否めませんし、皆様にご指摘されるまでもなく「ちょっと違う…」と常日頃から感じてはおりますので(ええ、わかっちゃいるんですってば)。

 新国の特設ページで見る限りでは「あんまりお顔が大きくなさそう」で、個人的には期待薄かなと思いつつ、まぁでも《オテロ》の陰の主役なんだから、「グロ様」「グロ様」と言わずに心を無にして楽しもうと、初台へ降り立った次第。

 ところがところが。蓋を開けたら、このババジャニアンのイァーゴがとっても魅力的だったのです。
 心を無にしたのがよかったのかな。

 ヴェルディの《オテロ》は、大先生のお若い頃の作品と比較すればそりゃーもう音楽的にもドラマ的にも上出来、まさに最高傑作なんだけれども、本家本元のシェイクスピアの《オセロー》と比べてしまうとストーリーは単純、人物描写も大味で、やっぱり「おマヌケ」感があります。まぁ、比べちゃいけないんですけどね、本来。

 だから、グロソップがお風呂で気持ちよく歌ってるおじさんみたいなイァーゴをやっても、「ま、ヴェルディだしね」って一言で許せていた。

 でも今回のババジャニアンは、「ヴェルディであっても」イァーゴというキャラクターの複雑さが表現可能であることを示唆してくれたんです。

 簡単に言っちゃうと、グロ様の歌唱じゃその可能性は少ないよってことなんですけど(爆)(爆)(爆)(爆)
 い、いいんだよっ、声が好きなんだから、声が。

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《さまよえるオランダ人》@新国立劇場 3/14 -- スイッチとかキャスト交代とか地震とか [オペラ実演レポ]

samayoe.jpg ワーグナーってあんまり気乗りしないんですけど。
 行ってきました。

 なぜなら、この演目のタイトルロール、オランダ人は、私めの愛するエルネスト・ブランのレパートリーのひとつだからです。(⇒こちら参照

 そんなこと言ったら《ローエングリン》やら《タンホイザー》やらも行かなきゃいけなくなるわけですが、この先ずっとオペラファンを続けるつもりなら避けては通れない道ですし、《オランダ人》ならヴェルディ派でも大丈夫だと聞いていたので、初心者にはちょうどいっかなと思って。

 まぁ私にとって最も重要なのは上演時間が長くないってことなのですけど。

 一応、ワーグナーの実演を見るのは初めてではないんです。デビューはいきなりの《ジークフリート》と、翌月の《神々の黄昏》でした。ブログ休止中だったんで感想書いていませんけど。

 どちらもそれなりに楽しめたんですが、楽曲を全く知らずに鑑賞したので、音楽がスル~っと耳を通り抜けてしまって、そこがちょっと物足りなかったんですよね。

 なので、今回の《オランダ人》は、事前にちゃんとCDを聴き込んで、自分なりの鑑賞ポイントを固めてから観に行こうと思っていました。だってホラ、「あ~この旋律をブランも歌ったんだなぁ…」と感傷に浸りたいじゃないですか。

 とはいえ、脳内が常にアドレナリンな似非ヴェルディアンとしては、この“予習”がけっこう大変だったんですよ。タワレコで「いちばん安い」CD買って、全曲1周するのにまる2日かかりましたからね。まぁ《マイスタージンガー》完聴に1週間を要したあの頃に比べれば成長したと思ってください(笑)

 慣れたら普通に聴けるようになりましたけど、およそ3周めにして悟りました。

 ワーグナーを聴く時は、テンションだの大声合戦だのオモシロ歌唱だのヴィブラートだのと言ってないで、ちゃんと芸術鑑賞しなくちゃダメってこと。お祭り騒ぎなヴェルディ・スイッチをOFFにする必要があるのですな。…って、ヴェルディをそんなアホな聴き方をしているのは私だけですけど。

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再掲:《ヴォツェック》@新国立劇場11/23 [オペラ実演レポ]

※3/5(金)NHK「芸術劇場」で新国立歌劇場《ヴォツェック》が放送されましたので、再掲します。

◇関連記事リンク◇
バイエルン州立歌劇場の《ヴォツェック》(2008年11月初演)
ピーター・グロソップの《ヴォツェック》@Met in 1974


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(以下、2009/11/23記)
woz1.jpg 18日の公演をご覧になったkeyakiさんのレポによると「演出にブーイングがあった」のだそうです。
 どちらかというと義務感から観に行くことにしていたのですが、ブーイングと聞いたらいきなり好奇心が刺激されました。

 今回も予習ナシのぶっつけ本番。さすがに連日、耳新しい音楽を浴びるのは消耗しますが。
 前日の《カプリッチョ》の余韻にひたる間もなく、23日マチネの公演に行きました。

 《ヴォツェック》なんて……今は亡きご贔屓バリトンのピーター・グロソップが「歌いました」と自伝に書いていたからこそ、その存在を知ったようなもンなのです。そうでなければ興味なんて持たなかったし、今回もわざわざ新国まで足を運ばなかったと思います。

 すべてはグロ様を偲ぶため・・・

 なので、昨年の《リゴレット》の時と同様、「グロ様の声ならこうだったろうな~」とか「この難解な旋律、グロ様はちゃんと暗譜したのかな~」とか、いちいち「グロ様」「グロ様」で。細部まで真面目に鑑賞できたかどうかは甚だ疑問。

 あ、ブーイングはありませんでした。
 本日はカメラが入っており、そのせいかどうかは知りませんが、演出関係の人たちはカーテンコールに姿を現しませんでしたし。

 象徴的な演出でしたが、説明的でもあり、理解はしやすかったと思います。観客のほとんどは私と同じく《ヴォツェック》を観るのは初めてだったのではと想像しますが、日本人はこういうの好きだと思うし、おおむね好意的に受けとめられたのではないでしょうか。

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《ジークフリート》@新国立劇場2/11 -- ワーグナー実演デビュー [オペラ実演レポ]

sik1.jpg あっという間に1ヶ月が経ってしまいましたが、急ぎ記録しておきますと、実はついにワーグナー実演デビューを果たしたのです。

 演目は《ジークフリート》。
 新国立劇場にて。
 2/11(木)、初日でした。

 なんちゃってヴェルディアンにして、「ワーグナーは(長くて集中力が続かないから)苦手です!!」と言い続け、いくつもの公演やイヴェントはことごとくスルー。CDやDVDはブランク先生やアレンのものだけをコレクション目的で渋々購入。

 こんな私がなぜ、一度も音楽を聴いたことがなくストーリーも全く知らない《ジークフリート》を観に行く気になったのかと言えば、まぁいちばんの理由は、行けなくなった6月の《マイスタージンガー》@シンシナティの代償行動なんですけれども、mixiで超超良席超超お得な価格でゲットできたことが直接のきっかけ。

ワーグナーの楽劇で私が全曲制覇したのは《ローエングリン》と《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の2作品だけです。こちらは1話完結なのでまだ気が楽ですが、それでも大雑把な楽譜を頭にインプットするのには時間と根気が要りました。

 一方、《ジークフリート》は「ニーベルングの指環」という一大叙事詩の一部分。序夜《ラインの黄金》・第1夜《ワルキューレ》・第2夜《ジークフリート》・第3夜《神々の黄昏》と、通しで演奏するなら4日間をかけるというとんでもない作品です。

 いわゆる「貴種流離譚」「ハイ・ファンタジー」で、秋葉ちっくなオタク臭がプンプンしますし、それも私がワーグナーを敬遠していた要素の一つ。もちろんファンタジーそれ自体は好きなのですが、文学や映画の領域だけで生息してもらいたいという変な思い込みもありました。

 なので、「指環」のストーリーを事前に勉強することもせず、音楽を予習することも全くなし。ぶっつけ本番で臨みました。
 昔は知らない作品をいきなり生鑑賞するのはちょっと怖かったのですが、昨年の《ムツェンスク郡のマクベス夫人》あたりから、このスリリングな鑑賞スタイルが逆に気に入ってしまいました。

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