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トスカニーニ盤《オテロ》'47年 -- ビナイのオテロとヴァルデンゴのイァーゴ [オペラ録音・映像鑑賞記]

toscaniniotello.jpg 《オテロ》の一文あらすじは⇒こちら

 アルトゥーロ・トスカニーニの《オテロ》(1947年)を聴きました。

 名盤という評判ですし、トスカニーニは19才の時にチェロ奏者としてオケピでこの作品の初演に参加したとの事で、つまり「動く」ヴェルディ大先生を見たことがある人の棒による演奏ですから、前々から興味はあったのですが・・。

 敬遠していた理由は、イァーゴを歌うジュゼッペ・ヴァルデンゴの声が軽いという評をどこかで目にしたことがあったので。

 今回、聴く気になったのは、オテロ役のラモン・ビナイのキャリアがバリトンドラマティック・テノールバリトンと変遷し、しかもバスの役まで歌ったということを知ったからです。

 バリトンからテノールへの転向組はそんなに珍しくありませんが、「バスって何よ、バスって?(*゚Д゚)」という興味から、いっちょう聴いてやろうじゃないかと重い腰を上げたわけです。

 その第一声、"Esultate!" を聴いた瞬間に思ったのは、「良いと言われているものは素直に聴いてみるべきだね」ということ。
 テノール時代はもう「オテロ専門家」みたいな歌い手だったとのことですから、魅了されないはずはありません。

 トスカニーニのダイナミックでサクサクした指揮にハマッてしまったこともあり、これまでの愛聴盤であったカラヤン盤(ヴィッカーズ×グロソップの)はしばし封印することにしました。

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 とはいえ、カラヤン盤の流麗・荘厳・大仰な演奏がこれまでの私のスタンダードだっただけに、どうしても比べてしまいます。比べた結果、トスカニーニのほうに軍配を上げる…というか、そっちが好きだという結論になるのですけどね。

 それはオテロ歌手にしても同様で、ジョン・ヴィッカーズのオテロが私は大好きなんだけれども、オテロの英雄としての側面より「苦悩する一人の男」のほうが強調されていて、しかもいささかDVっぽいのですね(笑) ヴィッカーズの声があまりキレイじゃないからかもしれません。まぁそこが彼の最大の味なんですけど。

vinayotello.jpg その点、ビナイの声は理想的です。勇猛果敢なだけでなく、キプロス島の総督としての威厳、自信、気品にあふれています。

 にもかかわらず、1幕でのデズデーモナとの二重唱ではガラッと変わって、妻にしか見せない弱さも垣間見せる。薄衣(ぎぬ)のように声を包む悲哀の響きもいい。この悲哀感がオテロの年齢を感じさせます。イァーゴの嘘をいとも簡単に信じてしまうのは、若い妻に対する年齢的な負い目があるからだろうと納得させられるんですよね(人種的な理由は、このオペラからはあまり感じられないし)。

 同シーンでのヴィッカーズの歌唱も清らかなエロティシズム(?)が感じられて好きなのですが、カラヤンの指揮が甘ったるいのでややメロドラマ風です。トスカニーニの演奏も美しいですけど、サクサクしていて、過度に悲劇的ではありません。ニ幕以降の悲劇を聴き手に予感させるのは、ビナイの巧みな歌唱に任せて…といったところでしょうか。

 とはいえ私もビナイの歌唱に100%満足したわけではありませんで(←超エラそうw)、3幕で最も美しいモノローグ“Dio! mi potevi ”は、期待していたわりにはあまりヒットしませんでした。ぐずぐずと泣き言を言っているみたいで、神に語りかけている感じがしない。それも一つの解釈なのかもしれませんが。

 さて、そんな具合にオテロをじわじわと追い込んでいくイァーゴですが、ジュゼッペ・ヴァルデンゴは意外に気に入ってしまいました。

 声は本当に軽くて、第一声“È infranto l'artimon! ”を聴いた瞬間には、こりゃテノールかい!? と昏倒しかけましたが。直後に登場する元バリトンのビナイのドラマティックな声が素晴らしすぎて、いったいどっちがバリトンなんだかわからなくなりましたが。
 慣れるにつれて、イァーゴならこれでもいいかも、と思うようになりました。

 新国でのミカエル・ババジャニアンと同種のアプローチではないかと思います。

 ティト・ゴッビのように狡猾な悪意むき出しというわけではなく、表面的には無害ないい人。けれども内面は醜くねじれている…といった感じ。声の脆弱さと軽さがそういう効果をあげているようです。

 ただ、“Credo” は迫力不足であっさりしすぎ。最後の「は~はっはっは!!」が最も意地悪そうだというのがちとやるせない。モノローグなんだから、思いっきり毒づいたっていいでしょ。

 本領発揮は、オテロの猜疑心を決定的なものにする奸言、“Era la notte”。イァーゴ歌いの実力は、クレドもそうだけどこの部分をどう歌うかで判別できると思うのですが、ヴァルデンゴの弱っちい声、気味の悪いビブラートが耳元にまとわりつくようで、舌先三寸で相手を陥れるいやらしさが実によく表現されていると思います。

 3幕ラストの勝利宣言、“Ecco il Leone! ” の部分も同様。

 2幕クライマックスのオテロとの二重唱、“Si, pel ciel marmoreo giuro! ” も、ビナイとの声相撲では弱すぎますが、そもそも声量で張り合おうとしていないところがよろしい。

 ここでのトスカニーニの演奏がまた素晴らしいのです。地鳴りのような弦、絡み合うテノールとバリトンの旋律。その渾然とした音の塊をざっくざっくと指揮棒で刻む、その覇気と思い切りの良さ。
 金管を鳴らしすぎないところもいい。
 流れるような演奏でドラマティックに仕上げるカラヤンとは違って、トスカニーニは劇的だけどどこか能天気で醒めた印象。そこがすこぶるヴェルディらしいと感じます。まぁ、ちょっと洗練されすぎてはいますけどね。

 ラストの“オテロの死”は、むしろ淡々として聴こえるかもしれません。
 だからこそ、“un bacio ancora” が心に染み入る。
 重たくて大変ドラマティックなカラヤンの演出(演奏というより)よりも、描かれている人物達にシンパシーを感じることができるような気がします。

 デズデーモナのヘルヴァ・ネルリは、それこそ「蚊が耳元でむ~~~んと飛んでいるかのような蓄音機声」で、それはまぁ時代的なものもあるのでしかたがないのかもしれません。

 それに、女声の「蓄音機声」はそれだけで可哀想に聴こえるという利点(?)もあります。1幕のオテロとの二重唱ではけっこう表現力を感じましたが、後に行きしに可愛いだけのお人形さん歌唱になってしまい…。

 新国《オテロ》でマリア・ルイジア・ボルシの素晴らしすぎる歌唱を聴いてしまった後だから、点が辛くなりすぎてしまうのかもしれません。また、普段はレナータ・スコットの壮絶なデズデーモナに慣れていますので。

 私はオテロやイァーゴの歌い手については昔の人のほうが好きなのですが(特に、オテロ)、デズデーモナは現代の歌手のほうが圧倒的に良いと思います。
 期待するデズデーモナ像が、昔のスタンダードなデズデーモナとはかけ離れているのでしょう。これはデズデーモナに限ったことではなく、ほとんどの作品の女性キャラクターに言えることではあります。

 ビナイとボルシのカップルだったら、そりゃぁ素敵で泣けるオテロが聴けるかもしれません(笑)
 イァーゴは誰がよいかしら。個人的にはヴァルデンゴの一見善人っぽくふるまういやらしさを表現しつつ、なおかつ大声でオテロと声相撲をとってくれる人だと嬉しいんですけどね。

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歌劇《オテロ》全曲
作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
指揮:アルトゥーロ・トスカニーニ
演奏:NBC交響楽団

オテロ : ラモン・ビナイ
デズデーモナ : ヘルヴァ・ネルリ
イァーゴ : ジュゼッペ・ヴァルデンゴ
エミーリア : ナン・メリマン
カッシオ : ヴァルジニオ・アッサンドリ
ロデリーゴ : レスリー・チャペイ
モンターノ : アーサー・ニューマン
ロドヴィーゴ:ニコラ・モスコーナ

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関連記事リンク
《オテロ》@新国立劇場4/13 -- ババジャニアンのイァーゴにやられた
グロソップ×ウ゛ィッカーズの『オテロ』/ヴェルディ:2

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Basilio

男声3パートを制覇した歌手と言うと、パオロ・シルヴェーリも有名ですね。
http://en.wikipedia.org/wiki/Paolo_Silveri
デビュー当時はバスで(ムッソリーニの前でも歌ったとか!)、バリトンに転向、最後は弟子のレッスンのついでで歌ったのが評判を取って、調子に乗ってレパートリーにしちゃったオテロまで。
ただ、バス時代は鳴かず飛ばずで(音源を聴くと、この声はバスじゃ厳しかろうとすぐわかります)、バリトンとしての活躍が一番長かったとのこと。ビナイもバスとしては成功していないので、やはり3パート全てで名声を得るというのは難しいのでしょう。

ところでこのオテロ、気になってました(笑)
トスカニーニはヘルヴァ・ネルリのへちょへちょ声アイーダを聴いて、録音されてるオペラは厳しいかとも思ってましたが、ちょっとこれを機に探してみよう。
by Basilio (2012-06-08 12:41) 

しま

■Basilioさん
シルヴェーリって普通の(という表現も変ですが)バリトンかと思ってました。
バス→バリトン転向組もよくありますが、それでテノールまで行っちゃう人は珍しいですね。

>ムッソリーニの前でも歌った
うちのライオン・キングに噛み付かれますわw

>ヘルヴァ・ネルリのへちょへちょ声アイーダ
その声でアイーダはいけません。
でも男声陣は文句ナシの出来ですし、音質も'47年のものにしてはとても良いです。

ところで、チリはスペイン語ですから、「ヴィナイ」ではなくて「ビナイ」ですね。直しておきました。
by しま (2012-06-08 22:21) 

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