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《トゥーランドット》@新国立劇場10/4(土) [オペラ実演レポ]

 オペラシーズン開幕ということで、いろいろと書きたいことが山積み。まずはこちらの感想からやっつけておきます。新国立劇場の《トゥーランドット》。あらすじはコチラを参照ください。

sinkoku turan1.jpg 新国のこの新プロダクションは、荒唐無稽なお伽噺を実に合理的なストーリーとしてまとめ上げ、かつ、ファンタジックな要素を失うどころか更に全面に押し出したという、実に巧みな作品でした。

 「新解釈」ということで、頭の固い私でも受け入れられるものかどうかちょっと心配だったのですが、終わった時には惜しみなく大絶賛の拍手を送りましたよ。

 へニング・ブロックハウスによる演出です。

 舞台はまず、1920年代のトスカーナ地方の村祭りの様子から始まります。オーケストラの演奏が始まる前なので、セリフ無しのパントマイム。

 そこへ、トゥーランドット役のイレーネ・テオリンとカラフ役のヴァルテル・フラッカーロが登場。田舎町を訪れた夫婦の旅行者といった風情。腕を組んではいますが、関係は冷え切っている様子。
 ふと、夫が女給姿の少女にちょっかいを出し、妻が激しくなじります。

 その時、村の広場に旅芸人の一座がやってきます。何と、中国雑技団。ド派手でチープな衣装をつけた芸人たちは、お決まりの軽業などを披露しながら、村人たちに仮面を手渡していきます。ちょっかいを出された女給、飲み屋の主人。先ほどの一組の夫婦にも。
 受け取った人々はみな面白そうに仮面を眺め、好奇心から被ってみます。そのとたん、彼らの中で何かが起こり、別の人格に移行していく。女給と主人はリューとティムールへ。夫婦はカラフとトゥーランドットへ。

 ここではじめて指揮棒が振られ、オーケストラの演奏がスタートします。
 サーカスのような、雑技団のチープな芝居小屋を舞台に、中国の壮大なお伽噺が繰り広げられるといった趣向です。

 ※この先の内容は、かなりのネタばれを含んでいます。これから新国でこの演目をご覧になられる方はご注意ください。
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sinkoku turan2.jpg 《トゥーランドット》の演出と聞いたら、絢爛豪華なものであれ簡素な舞台美術であれ、とにかく時空間のスケールの巨大なものを期待しがち。ブロックハウスによるこの演出はその逆であり、写真だけで見るとチープ感が目立ちますが、生で鑑賞している時にはそれはほとんど気になりませんでした。むしろ目の前の異世界の存在への説得力を増していたのではないでしょうか。

 これは、マイムで各登場人物が被った「仮面(ペルソナ)」の効果ではないかと思います。ブロックハウスの《トゥーランドット》は、劇中劇であり、仮面劇であるわけです。

 20世紀初頭のトスカーナから中国のお伽噺の世界への移行。その意味するところは、時間や場所の移動ではなく、登場人物の内なる世界における転換現象です。「ペルソナ」とは表層的な人格、役割を指します。つまり、パントマイムで描写された3人の男女(夫婦と女給)の間に何が起こったのか、そのドラマを、形を変えて観客の前に提示しているのです。

 この「仮面劇」は、プッチーニの絶筆部分――3幕のリューのアリア――で幕を閉じます。もちろん演奏は続きますが、ソリストも合唱隊も歌いながら次々に仮面や衣装を取り去り、雑技団も小屋を片付け、舞台は再びトスカーナの村に戻ります。アルファーノによる補作部分は、はじめに登場した夫婦が冷え切った関係を修復し、ふたたび愛情をよみがらせるドラマとして描かれます。

 祭に集っていた村人たちは姿を消し、夫婦二人が舞台の上手と下手に離れて座っています。冒頭のパントマイムより多少時間が進んでいる様子。
 劇中劇で自害をしたリューを演じた女給の姿は見えません。が、ティムールを演じていた飲み屋の親父が悲しそうに肩を落として座っています。おそらく、こちらの世界でも彼女は亡くなっているのだと推測されます。

 互いに言い争う夫と妻。歌の流れは劇中劇から止まらずに続いていますから、彼らの仲を決定的に裂いたのは、気の毒な女給の死であることは一目瞭然。ここからも、劇中劇の《トゥーランドット》が1920年に生きる彼ら二人のドラマとイコールであることがわかります。

sinkoku turan3.jpg 演出にこのようなメタプロットを採用した理由をブロックハウスが語っているインタビューが、「ジ・アトレ」5月号に載っていたそうです。それによると、ブロックハウスは、この物語の三角関係をプッチーニ自身の私生活とダブらせたとのこと。

 すなわち、カラフ=プッチーニ、トゥーランドット=プッチーニの妻エルヴィーラ。そして、リューのモデルとなった女性は、プッチーニ夫妻の小間使いだったドーリア。

 プッチーニとドーリアは実際に不倫関係にあったわけではなさそうですが、エルヴィーラは二人の仲を疑ってドーリアをすさまじく苛め抜いて、ついに自殺に追いやってしまった……そんな事件があったそうです。

 つまり、今回の新解釈による《トゥーランドット》は、プッチーニ自身の人生を寓話化したものであるということ。
 実際はどうだったのかは知る由もありませんが、解釈としてはたいへん面白いですし、お伽噺をそのまんまで見るのも楽しいけれど、こんなふうに作曲家一人の人生に思いを馳せてみるというのもオツな試みなのではないでしょうか。

 実演鑑賞中はそのようなことには全く思い至らず、このラストのシーンは一組の男女の愛憎劇の一端として受けとめていましたが、それまでの劇中劇での演奏が素晴らしかったということもあり、この部分も非常に印象深く、心を揺り動かされたものでした。

 お伽噺としての《トゥーランドット》が、一転して現代にも通じる人間ドラマに変貌を遂げるとは、新鮮な驚き。今年はプッチーニ生誕200周年にあたりますし、新シーズンの開幕に全くもってふさわしい、優れたプロダクションであると思います。

 さて、歌手たちの感想へ移ります。

 《トゥーランドット》を聴くにあたって私が最も楽しみにしているのは、何といってもトゥーランドットとカラフによる声の大相撲なんですよねっ!!(人´∀`).☆.。.:*・゚

 もー芝居も情感もどうだっていいの。容姿も美声かどうかも関係ないワ。とにかくデッカくぶっとい声で、

「ぐおぉぉぉぉ~!! これでもかぁぁぁあ~!!」 (by トゥーランドット)
「ぬわにぃ~? てめーにだけはぜってー負けねー!! どおぉぉりゃぁぁぁ~!!」 (by カラフ)

 なんて、壮絶な押し相撲を繰り広げていただきたいのです。(良い子の皆さんは、こんな聴き方しちゃダメよ)

 そんな邪道なオペラ聴きである私。パヴァ神もいいけれど、最近の愛聴盤はインゲ・ボルクとデル・モナコによる55年盤♪

sinkoku turan4.jpg sinkoku turan5.jpg

 そしてイレーネ・テオリンヴァルテル・フラッカーロの二人は私の期待に真っ向から応えてくれました。

 テノールのフラッカーロは、この日は特に調子が良かったんじゃないでしょうか。1幕からフルスロットルで飛ばす飛ばす!! もちろんドラマティコではないんですが、白目をひん剥きのハイテンション、声帯がブチキレるんじゃないかと思うほどのデカ声で大満足。指揮者を無視してむりやり伸ばそうとするところも好感が持てますよ!

 「誰も寝てはならぬ」ではさすがにバテたんでしょうか。もちろん出来は素晴らしかったけど、本来ならもっとイケるんじゃない? 1幕のテンションを維持していたら、そりゃーもの凄いことになっていたと思います。ノンストップのプッチーニでフライング拍手が起きましたけど、そりゃ気持ちもわかりますよね。

 テオリンは期待どおりのドラマティック・ソプラノ。しかも高音がキンキンした悲鳴のようで、いつもそうなのかはわかりませんが、これぞイメージどおりのトゥーランドット姫という感じ。フラッカーロに負けず劣らず、目玉をひん剥いての絶唱です。この二人の素晴らしい“力相撲”に、すっかり手に汗を握りました。

 そのくせ、カラフにキスされちゃったりした後は、いきなり熟女の色気と胸の奥底に秘めた少女性を露にして、女性らしい歌唱を披露してくれるのですから。もう二重にやられました。がっちりした大柄な体躯に美しいブロンドという、いかにも北欧系な容姿も気に入りました。

sinkoku turan6.jpg 日本人勢の活躍も目立ちました。

 ティムールは私のお気に入りの妻屋 秀和。派手さはありませんが、バスの役にこの人が出ていると本当に安心して聴いていられます。今回も危なげのない歌唱でティムールを好演していました。

 そして何といっても、浜田 理恵のリューが素晴らしかったです。1幕目の「お聞きください、王子様」では、まぁこんなもんかなと思ったのですが、3幕のアリアでは素晴らしい声量で情念たっぷりの旋律を歌い、私の涙腺を刺激してくれました。

 元々の旋律が美しすぎるのに加え、こういう自己犠牲的な役を日本人が歌うなんて、ハマリすぎて反則(笑) 強そうな白人の女性歌手なら、いかに歌唱がよろしくても微妙に白々しくてちょうどいいのに。
 浜田は外見もか弱そうで可憐なので、さっきまでカラフとトゥーランドットの大相撲に大ウケしていた私を、一気にうるうるモードに引きずり込みました。

 このリューの熱演があったからこそ、舞台が変わったアルファーノ補作部分が成功したのだと思います。
 少女一人を死に追いやったという業を背負いながら、尚も人生をともに歩もうとする夫婦の姿には、「愛」という言葉で簡単に片付けられない人生の重みを感じます。

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【トゥーランドット】イレーネ・テオリン 【カラフ】ヴァルテル・フラッカーロ
【リュー】浜田 理恵 【ティムール】妻屋 秀和
【アルトゥム皇帝】五郎部 俊朗
【ピン】萩原 潤
【パン】経種 廉彦
【ポン】小貫 岩夫
【官使】青山 貴
【クラウン】ジーン・メニング

【合 唱】新国立劇場合唱団
【児童合唱】NHK東京児童合唱団

【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
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ラテ

TITLE: すごく興味をもちました。
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おもしろそうですね。
このトゥーランドット。

またBS2で放映しないかしら。。。
(結構する。昨年しまさん達が鑑賞したカルメンも放映してくれたので)
by ラテ (2008-10-05 18:42) 

edc

TITLE: 残念
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おもしろそうですね。
イレーネ・テオリンのイゾルデをバイロイト音楽祭の放送で聴いたので、トゥーランドット、行こうかと思いつつ、のんびりしてたら、チケット入手困難になってしまいました。人気ですね。荒川静香効果もまだ消えてないのかしら・・
by edc (2008-10-05 19:15) 

straycat

TITLE: あ、そうだったんですか
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しまさんの解説を読んで、やっと私、筋書きが分かりました。
夫婦に起こったことを、寓話で表現したんですね?(遅)
なんで手紙を読んでるのかな~なんて思ってたんですよ。それに劇中劇が始まる前は、私の前に座った人が身を乗り出して、舞台中央が全く見えなかったし(怒)

>夫が女給姿の少女にちょっかいを出し、妻が激しくなじります

なるほど、そうだったんですか。これを読むとスッキリしますね。

テオリン、フラッカーロ、浜田さん、妻屋さん、よかったですよね。[絵文字:i-179]私も満足しました。
by straycat (2008-10-05 21:32) 

しま

TITLE: ラテさん
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■ラテさん

>BS2で放映しないかしら。。。

また放送されるみたいですよ。あ、「カルメン」ね(笑)

このトゥーランドットは実に面白かったです。最初のパントマイムが始まった時は「ハァ!?(*゚Д゚)」って感じで、ちょっとついていけなかったんですけど。
無音状態が長かったものですから。やっぱオペラファンは音があってナンボでしょう(笑)

好き/嫌いが分かれる演出かもしれませんが、私は大いに気に入りました。
by しま (2008-10-06 00:49) 

しま

TITLE: edcさん
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■edcさん
こんばんは。

>イレーネ・テオリンのイゾルデをバイロイト音楽祭の放送で聴いたので

そうでしたね。実はedcさんの記事を拝読して、これは期待ができる!!とワクワクしていたんです。
ワーグナーを聴けない体質なので、ロムだけでしたけど。

荒川静香効果は残っていそうです。土曜日も客席いっぱいでした。
by しま (2008-10-06 00:53) 

しま

TITLE: いやいや…
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■straycatさん
いやいや、私も適当に言ってるだけなので、話半分にしといてください。でもいろいろな仮説を立てることができそうで、懐の深い演出ですよね。こういうの好きです。

>、私の前に座った人が身を乗り出して

それはイカンですよね。始まる前にも「身を乗り出すな」と丁寧なアナウンスが入るのに。
私も着物で、普段よりも座高が高いですから、なるべくちっちゃく座るように頑張りましたよ。
髪も高い位置でまとめないようにしたり。
by しま (2008-10-06 00:59) 

yokochan

TITLE: 楽しみ楽しみ・・
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こんにちは。またもや職場で熟読させていただきました。
同じ日に観劇した方から、メールでその興奮を伝えていただきました。
そして、しまさんのレポート拝見すると、いやがうえにも期待が高まります。
来週の千秋楽に行く予定ですが、主役二人、それまでに燃え尽きてしまうのではと、心配もあったりです。
浜田さんは、いいでしょう。
6月に彼女のメリザンドを観たのですが、楚々とした素敵なソプラノでありました。
 シーズンオープニング演目には、お着物が映えますね!
新国が始まると、そわそわします。次はドンジョですが、リゴレットも行こうかなぁ・・・。
by yokochan (2008-10-06 10:30) 

しま

TITLE: yokochanさん
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■yokochanさん
こんばんは。読んでくださってありがとうございます。

というか、yokochanさんはこれからいらっしゃるんですよね!
うわ~、どこかに「ネタバレ注意」とでも書いておけばよかったかな。
追記しておきます。こーゆーのって、先入観なしで見たほうがいいでしょう。

>主役二人、それまでに燃え尽きてしまうのではと

確かにそれは心配かも。それくらいの大熱唱でした。
でも、これっくらいで消耗するならタダの人。この二人ならダイジョブな気が…。
期待しましょう。
by しま (2008-10-06 20:23) 

RCG

TITLE: 行きたかった!
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こんにちは。

仕事の予定がいつまでもはっきりとしなかったため、チケットの購入を後回しにしていたら、とうとう今回の「トゥーランドット」を見逃す羽目に。

しまさんの日記を読んでいたら、「あ~っ、何としても行くべきだった・・・」と後悔の念が。再演を待つこととします。

トゥーランドットとカラフの声の大相撲。その表現に笑ってしまいました。でも、200%同感です!正に私が一番楽しみにしているシーンも謎解きのバトルの場面。

さて、今日はこれからローザンヌの「カルメン」を観に行ってきます。

また、お邪魔させてもらいます。素敵なオペラ・ライフを!
by RCG (2008-10-12 11:27) 

しま

TITLE: No title
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■RCGさん
お久しぶりです!!

>仕事の予定がいつまでもはっきりとしなかったため、チケットの購入を後回しにしていたら

わかります~(つД`)
お互い宮仕えの身、何かと身動きがとれませんよね。

しかし今回のトゥーランドットの演出は、本当に賛否両論です。
私は気に入りましたが、「ケシカラン!!」と仰る方々も多いんですよ。
でも歌唱はおおむね好評です。特に外国勢よりも邦人歌手の評判が良いという、嬉しい感想がいっぱい♪

>ローザンヌの「カルメン」

うおぉぉぉ~、そちらは私が諦めた公演です!! お引越し公演、高いよぅ・゚・(つД`)・゚・
by しま (2008-10-13 02:38) 

yokochan

TITLE: 行ってきました
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こんばんは。
お引越し中のご様子ですが、こちらにコメントさせていただきますね。

最終日、めでたく行ってまいりました。しまさんの記事で、楽しみは増すばかりでした。
ご指摘の通りの舞台や歌に、一喜一憂、涙ぼろぼろでございましたよ。
結末の矛盾は差し引いても、よく考えられた演出だと思いました。
ワーグナーのトリスタンを意識していたとは初めて知りました。
これで、トゥーランドットの新たな一面を垣間見た思いです。
それにしても、主役の夫婦お二人の絶倫声にはまいりました!
by yokochan (2008-10-17 00:43) 

しま

TITLE: ■yokochanさん
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こんにちは。コメントありがとうございます。
行ってらっしゃいましたか。二人とも楽日までテンションが続いたようでよかったです!!
やはり絶倫歌唱じゃないとこの演目は盛り上がりませんよね~♪

>ワーグナーのトリスタンを意識

そ、そうだったんですか(*゚Д゚)
……と言っても、トリスタンをきちんと知らない私には何のこっちゃやらチンプンカンプン。
うーむ、イタオペを聴くにもワーグナーの素養は必要なんですねぇ。が、がんばります…。
by しま (2008-10-18 13:40) 

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