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ムツェンスク郡のマクベス夫人@新国立劇場5/4 [オペラ実演レポ]

sikoku makubesu1.jpg 5/4(月)、連休のマチネに行って来ました。新国は初めての両親のアテンドで、オペラの前に都内を歩き回りましたので、今回は着物ではありません。

 ショスタコーヴィチのこの演目は、オペラのガイドブック等でタイトルや大体のあらすじは知っていたものの、実演はおろか音楽を聴くのもまったく初めて。CDでも買って予習などもしたかったのですが、なんだかんだで暇がなく、ぶっつけ本番で臨みました。

 mixiで良い評判を聴いていましたし、まぁ退屈することはなかろう…と、その辺は安心しておりましたけれども、そんな予想以上の質とレベルに大満足です。特に、

 ・超ハイテンションなショスタコーヴィチの音楽
 ・陰鬱なストーリーとは裏腹な、「プ…」と笑えるリチャード・ジョーンズの演出

 この二つがモロに私の好みだったのでして、高いチケット代で冒険をした甲斐がありました。
 プロダクションじたいは英国ロイヤルオペラからの借りものですが、ソリスト達もよかったし、このような質の高い公演をここ東京で観ることができるなんて幸せな時代になったものだと思います。

 ※《ムツェンスク郡のマクベス夫人》あらすじはこちらを参照ください。

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sinkoku makubesu4.jpg それにしても、ショスタコーヴィッチの楽曲のテンションの高さといったら…(*゚Д゚)!!
 ストーリーがストーリなだけに、もっと陰惨で不協和音たっぷりな暗ぁ~い音楽だと思っていたのですが、完全に裏切られました。とにかくハイテンション、金管楽器バリバリ!!! しかも人を食ったような、皮肉かつ滑稽な旋律が満載です。

 一幕3場での、カテリーナとセルゲイの激しい情事のシーンなど、たいへんエロティックなんだけれども、とにかく笑える。「そうそう、セックスってサ、やっている本人たちは情熱的でロマンティックな気分かもしれないけど、第三者から見たら蛙みたいに大股開いて、滑稽なプロレスごっこにしか見えないよ」。まさにそんな音楽です。

 二幕の、舅ボリスによるセルゲイ鞭打ちのシーンにしても、音楽に合わせてビタビタビタビタ…。速い…テンポが速くて、これもとにかく笑えるのです。

 カテリーナの不幸な境遇をある意味“美化”し、悲しくも愚かな女の人生でカタルシスを引き起こすことは容易です。この作品の存在意義はむろんそこにあるわけですが、ショスタコーヴィチはプッチーニ的な“薄甘さ”は持ち合わせてはいないんですね。冷酷にカテリーナの悲劇を笑い飛ばします。

 一幕で使用人たちがゲラゲラ笑いながら女中をレイプしようとするシーンがありますが、ショスタコーヴィチの音楽はまさにそれ。カテリーナの身を思いやりつつ第三者視点で眺めていると、この作品の楽曲のなんて屈辱的なこと。まるで音楽それじたいでカテリーナを嘲笑しているかのごとく。

sinkoku makubesu2.jpg そして、リチャード・ジョーンズの演出は、ショスタコーヴィチのそんな“姿勢”を上手く可視化していると言えます。

 4幕のシベリア街道のシーン以外は、舞台を大きな壁で仕切って、悲劇と喜劇を同時に観客に見せる。そのコントラストも絶妙ですし、人物たちのマンガのような滑稽きわまりない動作もいい。

特に興味深かったのは、カテリーナが舅ボリスを毒殺した後の舞台転換の部分です。

sinkoku makubesu5.jpg これまた超ハイテンションなパッサカリアに合わせて、コンクリートむき出しだった殺風景なカテリーナの部屋をド派手なピンクの壁紙で覆って飾り立てていくわけですが、舞台の下手側には倉庫に見立てた狭いスペースが依然として残っており、そこに昔の部屋の粗末な家具を運び込んでいくのです。

 刹那的に自由を手にしたカテリーナとセルゲイの生活の上っ面だけの虚しさや、押し隠している“真実”の存在を観客に知らしめる実に巧妙な手法だと思います。

 その後、セルゲイとの“共同作業”として殺害する夫ジノーヴィの遺体も、その倉庫に隠すことになるわけですね。

 思うに、人間は誰しもがこのような薄汚くて不吉な「過去の墓場」のようなスペースを心の中に隠し持っており、普段はその存在すら忘れていたり、もしくはそこから漏れ出る腐臭をごまかすのに躍起になって生きているのではないでしょうか。
 カテリーナがボリスジノーヴィの亡霊を見るのも、無意識にこの「倉庫」の存在を思い出しているからでしょう。

 リチャード・ジョーンズのこのプロダクションがROHに初お目見えしたのは2004年4月のことで、翌2005年にオリヴィエ賞の最優秀オペラ新演出賞を受賞しています。
 2006年の再演時には、ボリス役は私のお気に入りであるところのジョン・トムリンソンが歌いました。彼の大声なオモシロ歌唱はガンコなエロ爺ボリスにぴったりだったことでしょうネ(*´∨`)

 今回の新国では、ボリス役はワレリー・アレクセイエフ。ロシア人のバス歌手で、やはり歌唱も外見もボリスにぴったり。新国のプロフィールには「ヴェルディを得意とする」なんてありまして、あのハイテンションで楽しそうな鞭打ちシーンを思い出すにつけ、「さもありなん」と納得しちゃいます。

 セルゲイはヴィクトール・ルトシュク。やはり寒い国の歌手らしく、強靭な声帯で無理無理に発声する乱暴な歌唱がこれまたぴったり。
 ただ、イヤな役ですねぇ~、セルゲイって。それだけに演じ甲斐もあるのでしょうけど。

sinkoku makubesu3.jpg そしてヒロインの“マクベス夫人”ことカテリーナは、アメリカ人のテファニー・フリーデ

 この人がとても良かったです。
 小娘らしい世慣れていない可憐な声と、むせかえりそうなほどの女の色気を兼ね備えた立派な声で、この演出のカテリーナのイメージによく合っていたと思いました。

 人を食ったようなリチャード・ジョーンズの演出にもかかわらず、このカテリーナはとても憐れで、現実味がありました。

 初演当時は衝撃的な作品だったであろうと想像しますが、現代においては、殺人までは犯さずとも、大抵の女性はカテリーナに共感を覚えるでしょうし、同情的になり得るでしょう。そのような力を持った歌唱であったと思います。

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《ムツェンスク郡のマクベス夫人》

【指 揮】ミハイル・シンケヴィチ
【演 出】リチャード・ジョーンズ

【ボリス・チモフェーヴィチ・イズマイロフ】ワレリー・アレクセイエフ
【ジノーヴィー・ボリゾヴィチ・イズマイロフ】内山 信吾
【カテリーナ・リヴォーヴナ・イズマイロヴァ】ステファニー・フリーデ
【セルゲイ】ヴィクトール・ルトシュク
【アクシーニャ】出来田 三智子
【ボロ服の男】高橋 淳
【イズマイロフ家の番頭】山下 浩司
【イズマイロフ家の屋敷番】今尾 滋
【イズマイロフ家の第1の使用人】児玉 和弘
【イズマイロフ家の第2の使用人】大槻 孝志
【イズマイロフ家の第3の使用人】青地 英幸
【水車屋の使用人】渥美 史生
【御者】大槻 孝志
【司祭】妻屋 秀和
【警察署長】初鹿野 剛
【警官】大久保 光哉
【教師】大野 光彦
【酔っ払った客】二階谷 洋介
【軍曹】小林 由樹
【哨兵】山下 浩司
【ソニェートカ】森山 京子
【年老いた囚人】ワレリー・アレクセイエフ
【女囚人】黒澤 明子
【ボリスの亡霊】ワレリー・アレクセイエフ

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京交響楽団


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コメント 8

keyaki

しまさんも見に行かれたんですね。
このオペラは、演出によって、かなり違ったものになるようですけど、いい演出を借りてきてくれて、よかったです。
舅が生きていた時の質素な寝室から、ド派手な寝室に変わるリフォーム作業、これって大道具さんたちが出演していたのかしら.....オケピットの両端に照明がデーンと据えられていましたが、照明を効果的に使ってましたね.....
TBしますのでよろしくお願いします。
by keyaki (2009-05-12 17:18) 

しま

keyakiさん>
TBありがとうございます。
こういう“問題作”の場合、ドラマにどっぷり系の演出よりもシニカルっぽい感じの演出のほうが私の好みのようなのです。
ROHから借りてきたというのも、私的には好感度大でした。

ちなみにリチャード・ジョーンズは、ROHのジャンニ・スキッキの演出も手がけております。これはますます期待できます。

寝室のリフォーム作業は、衣装を着けた大道具さん達かもしれませんね。とても手際がよく、感心しました。
感想に書くのを忘れましたが、神父の妻屋さんも良かったですね!!
by しま (2009-05-12 22:01) 

Sardanapalus

>プロダクションじたいは英国ロイヤルオペラからの借りもの
へえ~そうだったのですね!どこかで見たような舞台写真だわ、なんて思っていたのは当たり前ですね。残念ながら実演では見ていませんが、私も大好きなトムリンソンがボリスを歌ったときに批評と写真をチェックしたのです。やはり日本でオペラを見るなら東京にいないとダメですね…。
by Sardanapalus (2009-05-12 22:20) 

keyaki

しまさん
バスの妻屋さん、テノールの高橋淳さん、新国の名脇役で、いつも感心させられます。外国人組に混ざっても違和感がないですものね。

>現代においては、殺人までは犯さずとも、大抵の女性はカテリーナに共感を覚えるでしょうし、同情的になり得るでしょう。
舅と嫁の問題とか、我慢している女性も多いでしょうね。お父さんに頭のあがらない息子も困ったものです。それに、子供ができないというのは、最近では検査で男に問題あり、というのも分るようになりましたが、ちょっと前までは、ほとんど女のせいにされていましたしね。

>ボリス役はワレリー・アレクセイエフ
【年老いた囚人】と二役でしたが、ボリス役のときのいやらしさが全然なくて、体制批判をしたとかでつかまった芸術家の雰囲気で、最初は、別の歌手かと思いました。ボリスの亡霊も入れると一人三役でしたね。
by keyaki (2009-05-14 13:53) 

yokochan

しまさん、こんばんは。
やはり行かれましたね。
私は連休明けの7日のぼぅーっとした頭で挑みましたが、見事にガツンとやられちまいました。
笑えるうえに、いろんな仕掛けが施された考えぬかれた演出でした。
それに輪をかけてすげぇショスタコ音楽でございましたねぇ。
TBさせていただきました。
by yokochan (2009-05-15 00:04) 

しま

Sardanapalusさん>
ROHの演出とは知らずに観ていたのですが、何とも私の好みにピッタリはまっていて。後で母が買ったプログラムを読んで知った時には嬉しかったですねー。
で、調べてみたら、トムリンソンのボリスでしょう~♪

http://www.youtube.com/watch?v=KscCCEC9kqI
ここの鞭打ちのシーンのテンションの高さ、さすがトムリンソン!
スピードではアレクセイエフのほうが勝っていますが(笑)
by しま (2009-05-16 12:36) 

しま

keyakiさん>
ロシアの暗~いオペラ…ですけど、結局、閉鎖的・封建的な社会における普遍的な問題ですよね。
私も、ボリスという役柄を面白がって見ている一方で、カテリーナにめちゃくちゃ同情してしまいました。

プログラムの解説に「カテリーナは退屈しきっている主婦」なんて書いてありましたが、「退屈」という軽々しい表現を使うなんて、ちょっと怒りを覚えましたね。確かに字幕では「退屈」という訳語が出ていましたが、悲惨な結婚生活の状況を「退屈」という言葉でしか表現できないカテリーナの病んでいる様を感じるのならいざしらず、まさか言葉どおりに……。

しかし、同情できるからと言って殺人は許されないのであって、リチャード・ジョーンズの演出がカテリーナに否定的なのもとても納得がいきます。まぁ、カテリーナが云々というよりも、もっと物語そのものから距離を置いて、冷めた視線で眺めている、というのが正解でしょう。

年老いた囚人がアレクセイエフだったとは、舞台が終わるまで気付きませんでした(笑)
歌唱によってあんなに印象が変わるんですね。
by しま (2009-05-16 12:56) 

しま

yokochanさん>
ワーグナーは軒並みすっ飛ばしましたが、こういう演目なら必ず行きます!!(`・ω・´) シャキーン
私が笑ったのはボリスの鞭打ちシーンと、セックス・シーンと、セルゲイがTVでプロレス観てるとこと、あとは死体が発見されるここ↓とか。

http://www.youtube.com/watch?v=S9F4M3xbidw
http://www.youtube.com/watch?v=eDjwFeKFbLQ

何度観ても面白いですねぇ。


by しま (2009-05-16 13:11) 

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